待ち人来たらずは恋のきざし


「…ごめんなさい。何もかもが情けなくて、そんな自分が嫌なのよ。
…気持ちの行き場が無くて、どうしたらいいのか…まだすっきり出来ないのよ」

はぁ…今、自己嫌悪に陥って自滅してるのよ…ごめんなさい、少し放っておいて欲しいのよ。冷静になりたいの。

男は胡座を組んでソファーに座った。


「…どこに行ったの?」

「ん?どこに行ったって何」

「…部屋。…新しい部屋の事です」

もう…聞く事さえも嫌なんだけど…。
どうせ私には教えたくないんだろうし。

「新しい部屋?部屋って何の事だ?」

「…もう惚けなくてもいいと思うのよ…どこに変わったのかまではもう聞かない。
今、貴方の部屋に行って来たばっかりなのよ?
…貴方の部屋に行ったら留守で、隣の人が引っ越したかもって、教えてくれたわ。
あ、隣の人に会う事があったら、貴方に許可無く教えた事、責めたりしないでくださいね。
私が困った様子をしていたから、親切で話してくれた事だと思うから」

「はあ?なんの事だか、さっぱり…。益々さっぱりだ。
まあ、留守は留守だったよな、ここに来てるんだから。
でも、引っ越した?何だよ、それ。
俺は引っ越しなんてしてない」

「…そんな事、どうして言うの?
引っ越したら引っ越したで、もういいじゃないですか。
だったら隣の部屋の女性が嘘をついたの?」

「それは知らないさ。だけど、隣ってどっちの…」

「隣は…階段から、貴方の部屋を通り過ぎた隣の部屋の人」

「その隣の部屋なら、女の人じゃない。住んでるのは男のはずだ」

「え?…じゃあ…、その人の彼女とかじゃないの?」

「いや、それは無いと思う。もうずっとそんな人は居ないって、俺が越して来た時の挨拶で言ってた。
年齢も俺の親父に近いような人だ」

「でも、だったら…あの若い女性は…。
最近、出来たばっかりの歳の離れた彼女かも知れないじゃない?
無いとは言い切れないでしょ?」

「そうかも知れないけど、…景衣」

「何?…」

「エレベーターでは上がってないだろ?今日も階段だよな?」

「…階段だけど、…」

「何階に上がった?」

「5階よ?」

当たり前でしょ?

「あぁ、それだ。解った。だから間違ったんだよ」

「え?何を?階段上がってから3番目の部屋でしょ?」

「それは合ってる。でも階を間違えてたんだ」

「え?階は5階でしょ?」

「だから、それなんだよ。5階は5階でも、実際は4階。
俺の部屋は表示は503でも実際は4階なんだ」

「え…4階?でもあの時、エレベーターだって5階を押してたじゃない…」

「ああ、エレベーターには5階のボタンが二つあるんだ。
縦に並んだ下の5は4階の意味なんだ」

「えー、…何それ…そんな…」

「本当なんだ。うちのマンションは特殊なんだよ。
なんでも、4て数字を使いたくなかったらしくてさ。
当たり前だけど、住んでる人ならみんな知ってる事だ」

そうか…。この前、部屋に行った時は、一々階数を確認しながら階段を上がっていなかったから…。
半ば強引に引っ張られていたようなものだったし。

エレベーターの数字をチラッと目にして、なんの疑いも無く、5階の部屋だと思ってしまったんだ。…普通はそれで合ってるんだから…。
…上下を見てたら違和感があったはずなのに。…押した数字の残像しかないなんて…。
特殊なマンションだなんて知らなかったもの…。
そんな事、考えもしないじゃない。

住んでるこの人だって、エレベーターを使ってばかりだと意識は5階よ、503…なんだもんね。

これは、あれから一度も男の部屋を訪ねて居なかった罰かも知れない。
私からは、一度だって男に会いに行こうとしていなかったから。…いつも受け身だった。

「…はぁ、何もかも…間違いだらけで…もう…」

解らない解らないって…結局間違いだらけで、長期戦で疲れただけじゃない…。
負け惜しみを言う気力も失せてしまった…。

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