待ち人来たらずは恋のきざし
…はぁ、…どうしよう。
この男と致してしまった。…しかも何度も。
求められて応じてしまった。
何も聞かなくて大丈夫だと言って。
名前と年齢、住んでるところ、携帯の番号しか知らない男とだ。
興味が湧いて来たかもって思って、これって好きなんだと思って、気持ちのまま…致してしまった。
からかって無い、真面目だって言った、その言葉を信じて。
信じられる根拠の一つ。
これはとても虚しい考え方なんだけど、一度きり、合意のうえでやり捨てるなら、若い子を選ぶだろうと思った…。
何も、年上女を抱く為に時間をかけて口説く必要は無い。
…こんな、容姿の整った男。
わざわざそんな事はしないだろう。
そう思ったら言ってる事は信じていい気がした。
トクン、トクンと規則正しく脈打つ胸に抱かれていた。
眠ってからずっとこうして抱かれたままだ。
はぁ…。後悔は無かった。
こうして居て、しなければ良かったとは全く思わない。
だけど恐くなって来た。
これが人を好きになるという事だ。
急に不安になって来たんだ。
一気に気にする事が見えて来たから。
人を好きになる事は傷つく事もある、それが恐い。
なのに、また、そんな不安と共に過ごさないといけなくなるのかも知れない。
人の心は縛れないモノ…。
言葉は都合よく変わっていくモノ。
突然現れた男は、また突然居なくなるかも知れない。
今までだって急に来なくなってたじゃない。はぁ。
「…死ぬぞ」
「え゙っ?」
眠っていると思った男の不意をつく言葉。
驚かされた。
明らかにビクッとなったと思う。
「こんなにずっとドキドキしてたら死ぬぞ?」
「あ、…」
男が心臓の辺り、自然と胸に触れていた。
さっきの驚きで、もっとドキドキは増したかも知れない。
「何を考えてる?…心配か?」
頭を胸に引き寄せ抱きしめられた。
…若いくせに、人の心を読むじゃない…。
「…別に、何も」
「この先もずっと、そう言い続けるつもりか?
それでずっとやり過ごすつもりか?
溜め込んでどうする。堪えられなくなったら、その時は、もう駄目だからとか言って、一人で勝手に決めて終わりにでもするつもりか?
…それが、いい年齢の、大人の対応とでも?」
「あ、…」
軽く口づけられた。
「この口で言ってくれ。…我が儘ばかり言う女は正直好きじゃない。
だけど、不安に思う事を言うのは我が儘じゃないだろ?
好きじゃなくなる時が来るんじゃないだろうかとか、そんな心配事でドキドキするな…話してくれ」
…こんな事をスッと気遣えるのは、そんな別れがあったに違いない。と、即座に思ってしまった。
あまり考えたくは無いけど、経験が言わせてるのね、きっと。
…課長も言ってた。思ってしまった。
奥さんには少しずつ溜まったモノがあったんだって。
「はぁ…私、今日、体調不良で休んじゃおう。
…そうしよう」
急に突拍子もない事を思って口に出した。
今までそんな事、した事も無かった。
課長に連絡を入れた。
この男と、この後も居たいとか、我が儘を言うつもりでそうしたのではない。
この男にも私の知らない都合がある。
ただ、今日は何も考えたく無かった。
それだけだ。
この怠さ…心も身体も、突然の事に、何もかも、解らないなりに許容範囲を超えてしまったのかも知れない。