待ち人来たらずは恋のきざし

ピンポン。

来た。玄関に走っていた。
カチャ。

「よう。先に風呂に入る。いいか?」

あ、…。もう。

「…まだ溜めて無いです」

「…何だ、ご飯に来るように、煽ったようなメール寄越しておいて。
泊まるって言ってあったのに」

「…ごめんなさい。最近しないから、段取りを忘れました」

はい、はい。下手に出ておけば揉めないでしょ?
風呂、飯、って、まるで亭主関白気取りじゃない?

「フ。いいんだ別に。言ってみただけだ。
取り敢えずシャワーだけ先にするから。
風呂はまた後で景衣と入る」

…会わない間も何も変わりなかったみたいね。
間違いなく、この言い草が貴生創一朗だもの。


「一緒には入らないから」

「なんで」

「なんでも。早く、シャワーに行ってください。直ぐ出来るから」

「解ったよ。…景衣、久し振りだな」

「え、あ、…う、ん」

キッチンに戻り、チキンライスを作っている私の後ろから腕を回され、男が首筋に唇を触れさせた。…ずるいこと極まりない。

「オムライス、食ったら、景衣も食うからな。
あ、悪い。慌てて来たからアイスクリーム買い忘れた」

何度か触れ、チュッとうなじに口づけて、もうお風呂に行ってしまった。

…もう。…何よ、…もう。…急に甘い。
心拍数が上がるじゃない…もう。
気持ちが弾み始めたのが自分でも解った。さっき、玄関に走っちゃったし。
あいつが現れ、顔を見て、声を聞き、身体が触れて…。

はぁ、心がざわめく、波が立つ。忙しない。落ち着かない。
メールをした事で…はぁ。自分で気持ちの確認作業をしてしまった気がする。

火を止めた。
浴室に行った。中に向かって声を掛けた。

「ねえ?」

「何、…一緒に居たくなったんだろ」

…先に言われた。悔しいー。

「好きかも」

悔しいから曖昧に言ってやった。
とにかく…今、好きなんだから。

「解ってる。後でな」

「…う、ん」

何よ、偉そうに…解ってるって。
後でなんなのよ…。

どんな会話をしてるんだろう。
衝動とは恐ろしいものね。
これでこの後、面と向かってご飯が食べられるだろうか。
あ、玉子焼かないと。

…。

「上はケチャップでいいですよね?」

「ん?あ?あぁ、王道が一番」

「解りました」

玉子をカッチリと焼き、チキンライスを包んだ。
普通に長い楕円になるようにケチャップをかけた。
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