待ち人来たらずは恋のきざし
壁にある時計は真夜中をとうに過ぎていた。
…はぁ。
まだ寝かせて貰えてない。
当然、アイスクリームもまだ…。
…食べたい。…お水も飲みたい。
「はぁ、…あのですね?パジャマというか、部屋着みたいな物、要らないですか?」
「んー、今のところ、困ってない。
気に掛けてくれてたんだ」
それは、そうでしょ…。
「まあ一応です。寒くなるでしょ…今から。
お風呂上がり、…家ではどうしてるの…ですか?」
「部屋着はあるけど、んー、うちに居る時は景衣が居ないから…、風呂は寝る前に入ってるから…別に不便ていう不便は無い。
ん、…出たら…寝るだけだから、着なくても困らない」
要は一人だと着るのが面倒臭いのね。
「じゃあ、部屋着みたいなの、あってもいいなら、どんなのでもいいですか?
一応置いときますから」
「いいよ」
「今のはどっちの、いい?」
「フ…。景衣の好きなのでいい、あっても無くても好きにしてくれていいって意味の、いい」
「解りました」
「景衣…」
「はい?」
「話したくなければ話さなくていい。
昔の男とも、こうして…、景衣の作ったご飯とか食べて、部屋に泊まらせたりしたのか?」
「…無いですよ。嘘も隠しも無く、一度も無いです。
そんなつき合い方にはなりませんでしたから」
「いつも…相手の部屋だったのか?」
「え?あ、それは…違います。ご飯は作った事無い…。
それと…お互いの部屋とかでは無くて…どこか」
それも、そんなに多く無かった。そんなモノだとも思っていた。
この人がしてたみたいに、部屋の前に突然居た、なんて、嬉しいハプニングなんか無かった。
…今更だけど、住んでる部屋…知らなかった…。
それも、そんなモノだと思っていたのかも知れない。ううん…考え無かった、気にもしなかったんだ特に。
こんな風に優しく抱かれた事は無かったかも…。
「ん…景衣…、景、衣」
つき合う前に経験もそんなにあった訳じゃ無かったけど。
いつも…向こうだけが満足していただけだったかも知れない。
私は…置いてきぼりだったかも知れない…。
…だから、会える時に会えるだけで良かったんじゃなくて、…結局は、いつも、都合のつく女性が良くて…私の事は…大して好きじゃなかったのかも知れない。
連絡が来た時も、毎回、遅くなるって…、忙しく仕事をしているいい女を気取りやがって…なんて思われていたのかも知れない…。
…そんなんじゃ無い。毎日、ただ疲れていただけ…。
遅くまで仕事して精神的に疲れていただけ。
…だったら私だって、彼に会いたくなるものじゃないの?
だけど私は会わない方を望んでいた…。
あぁ…そんなに大事じゃなかったんだ。
何だろう。私も…好きじゃなかった?…こんなものだろうって…思っていたんだ、あの男に対して。
…、ぁ。
「…景衣?…もう話さなくていい…、終わった男の事を考えさせたくない。
つまらない事を聞いて悪かったよ」
集中して無いから、思い出させているって思ったのね。
ヤキモチ、妬いてくれたのかな。
「…貴方は…優しいのね。いつも…凄く優しい。
大事にしてくれてるのかもって…抱いてくれてる時…そんな風に思わせてくれるの…」
…ん、ぁ。
「当たり前だ。好きなんだから。
景衣が可愛い顔するの、一杯見たいからな。
何度だって、優しくするさ」
…ニッて。…もう。今するなんて…ずるい笑顔ね。
「…今日、景衣は言う事も可愛いんだ。…今も、こうしてる時もだけどな。
そう思ったら、こんな景衣を知っている奴が居るんだって…つい思ったんだ。聞いて悪かったよ。
俺よりも…景衣の事を知ってるのかって思ってしまったから」
こんな私を知っているのはそういちろうさんだけ。
「だけど、そいつは馬鹿だな…。
景衣の可愛さを知らないままだったんだな」
「どうなんでしょう。
私、振られましたから。
…相性が良くなかったんだと思う、…お互い様かな」
「そうか。…生意気な奴だなそいつ。
何様だってんだ」
…フ。何だか…この話…似てる。
「…若かったんです。最初から都合のいい女としてだったのかも…。
それも、結局はそれ程、都合よくにもならなかったみたいでした。
だから、終わった…あっさり振られて終わったんです…。
その人の事は何も残って無いです」
引きずるモノは何も無かった。