待ち人来たらずは恋のきざし


「何してる。なんでいつまでも上がって来ないんだ」

はい?

階段から男が下りて来た。

「あの…」

「俺があんたの部屋を確認するとでも思ったか?
閉所恐怖症だとか言って誤魔化して。
だから一緒にエレベーターに乗らなかったのか?

密室で襲われるとか、そんな事も思った訳だ」

そうじゃない。閉所恐怖症だって嘘じゃない。
でも、貴方を警戒したと、そうとったのね。

あ…部屋は1階だと言えば良かった。全然頭が回らなかった…。
悔やんでも遅い。…もう、いい。

「違います」

…ただ帰りたいだけなんだから。

「だったらなんで部屋に帰らない、なんでいつまでもここに居るんだ」

…それは。今帰ろうとしてたところじゃないのよ。

「貴方だって…、何故、階段から下りて来たんですか?」

そっちこそ、変じゃない。

「ちゃんと部屋に入るか気になったからだ」

その理由、なんか釈然としないわね…。

「…来いよ」

「え、はい?」

「あーだこーだ言ってないで、はっきり言えよ、本当の理由。
無くしたんだろ?鍵。
だから部屋に入れなくて、まだここでうろついてるんだろ?」

は?いや。いやいや、違いますから。
全然!違いますから。
帰るところなんですから。

「俺が上がった後、ふとバッグの中、見たら無かったんだろ?だから、どうしようか狼狽えてたんだろ?

…はぁ。良く確かめたのか?
神社の前とか、あの店の中とか、落としたところに心当たりは無いのか?
何ならバーに連絡入れて見るか?」

「いや、違う。違いますってば」

鍵が無いとか前提に、話を広げないで。

「恥ずかしがらなくていい。遠慮するな。
一晩くらい泊めてやるから。
こんな時間、誰かのところにって言っても、連絡なんて思うように取れやしないだろ?
どうせ泊めてくれる彼氏も居ないんだろ?」

…。バチン。

「アタッ!…何、いきなり…イッテー」

出し抜けに叩かれ、男が頬に手を当てている。

「だから、違うって言ってるでしょ?勘違いしないで。
そりゃあ、“どうせ”彼氏は居ないわよ、貴方の言う通りよ。
そこは否定しない、…間違いないから。

だけど、それとは別。勝手に…勘違いして、思い込みで話さないでください。

男の人の頬…、カッとなって叩いた事は謝ります、この通りごめんなさい。…口より…手が早くて、気がついたら…本当にごめんなさい。

でも、鍵はあるから大丈夫なんです。
だから、もう貴方は部屋に帰ってください」

そう言って外に出ようとした。

「待て、おい、だからそれが可笑しいって言ってるだろ?
どこに行ってる。言ったよな?鍵、あるんだろ?」

…もう、だから、帰ってるのよ。しつこい。
いいから放っておいてくれるかな。

「私が今からどこに行こうと勝手でしょ?
構わないでくれますか?
帰ってるって言ってるでしょ?
おやすみなさい」

「はぁあ?待てよ。
だからそれが可笑しいって…。
こんな時間に、今からどこに行くつもりだ。
彼氏の家に行く振りでもするつもりか?
今更それは無理だ。
もう居ないってバレてるじゃないか」

…もう。本当しつこい。
彼氏彼氏って…。
だから居ないわよ、その通りだってば。それは認めてるでしょ。

「はぁ…。帰るんです、部屋に。私の部屋に!」

これでいいでしょ?
もう本当に放っておいてくれませんかね。

「…はぁ、解った、もういいよ。
いいから…つべこべ言わずに来いよ」

腕を掴まれ引かれた。

「ちょっと。何するんですか?」

だから、何故…いつまでも絡むのよ。

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