待ち人来たらずは恋のきざし


「素直に認めて話すのはプライドが許せないんだろ?
慣れない酒でほろ酔いになって、気がつけば鍵を無くしてたなんて、情けなくて言い出せなくなったんだろ?」

そう言いながら律儀に階段を上がって行こうとしている。

ズルズルと引かれるようにして階段を上がりだした。

言いたい放題言われ、このままでは部屋に連れて行かれてしまう。
私は帰れないじゃない。

「ちょっと、だから…誤解です。手を離してください。
本当に大丈夫なんです。鍵はあります。部屋にはちゃんと入れるんです。
だから貴方にお世話にならなくても大丈夫なんです」

足が止まった。振り返った。

「見せろ。有るんだったら、鍵、見せてみろよ」

引き上げるようにして繋がれていた手を離して、バッグの内ポケットに手を入れた。

有るに決まってる…えっと…有った。

「はい。これがそうよ。私の部屋の鍵」

…。

どうよ、紛れも無い、これが正真正銘うちの部屋の鍵よ?

「フ、…はぁ、やっぱりな。そんな事だろうと思った。
強情だよな、あんた。ほら行くぞ」

また手を繋いで階段を上がって行こうとする。

ゔ〜ん…何故…まだ伝わらない…。

「ちょっと!いいって言ってるでしょ?」

「そんななぁ…どこの鍵とも知れないものを見せて、上手く誤魔化せたとでも思ったのか?
全然ここのマンションの鍵とは形状が違うじゃん、それ」

…あ。

「だから、待って。
これで合ってるの、これが私の部屋の鍵なの。
違って当たり前なの」

…何をいつまでも言ってるつもりだ。

「はぁ、往生際が悪いにも程がある。
別にとって喰おうなんて思っちゃいないから。
大丈夫だって言っても会ったばっかりだ、信用は無いだろうけど。部屋を貸すだけだ。
犯罪になるようなやり方はしないから大丈夫だ」

何それ…やり方って?…微妙に不安になる言い方なんだけど。


「あまり騒ぎたく無い。取り敢えずここに入ってくれるか」

いつの間にか、とうとう男の部屋の前まで来てしまっていたようだ。

はぁ…中に入ってからでも説明は出来ると言えば出来る。

思い込みを払拭出来るように、順序だてて話せばいいだけ…だ。単純な事よ。
ここでどんなに言い続けても言い合うだけ。

あー、も゙う。本当に面倒な事になった。

「解りました…取り敢えずお邪魔します。
取り敢えずですから」

「ん、解ってるよ。今、開けるから」

男が上着の内ポケットから鍵を取り出し開けた。

溝が複雑な形状をしていた鍵だった。

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