待ち人来たらずは恋のきざし
迎えに来た男が、私の手を引き、歩いて行くぞ、寒く無いかと言った。
大丈夫と答えながら、じゃあ、今の部屋からそう遠く無いところなんだと必然的に思っていた。
そんな部屋が近くにあったんだ。
引っ越しも楽かもなんて思っていた。
男が歩みはを止めた。
「ここだ」
「ぇえ?ここって…。ここ貴方のマンションじゃ…」
どう見たって見覚えのあるマンション。
この男の部屋に隠し部屋でもあると言うのかな…。
実は隠し扉で隣の部屋と繋がっているとか…。
…忍者屋敷じゃ無いんだから。
持ち家でもない限り、勝手に改造なんか出来ないだろうし。
「うん、まあ、とにかく行こう」
「え、ちょっと、ちょ、ちょっと」
エレベーターに乗り込もうとしている。
「あ、駄目よ、無理だから。なるべくなら乗りたくないの」
「解ってる、大丈夫だから」
そう言うなら、我慢してたら直ぐ着くくらいの階なのかな。
「…はい、じゃあ、乗ります」
取り敢えず一緒に入った。
パニックが起きる程、物凄く恐いって訳じゃないけど…。
出来れば避けたいのは山々。
「景衣の閉所恐怖症の原因は?」
あ。腕の中に囲い込むようにすっぽり抱きしめられた。
あ。どうやらもうボタンを押したようだ。
ドアが閉まり上昇し始めていた。
「恐くないよ、一人じゃない、俺と一緒だ。
取り敢えず、こうしてると恐くないだろ?
今はどこでもない、俺の腕の中に居るって事だけを考えてたらいい」
「…うん、大丈夫。だけど…」
「うん。根本的な解決にはなってないな。
いつもこうして移動する訳にはいかないからな、だろ?」
「はい」
チン。
「着いたよ、ここだ。
だから、その原因を思い出して見て?
それが解れば、大丈夫なんだって、考え方を変えていけるようにして、今みたいに、少しずつ乗る事に慣れていくんだ。
その時は俺と一緒にね」
「…そうね。…はい、そうね」
ここはマンションの最上階…。
「このフロアには二部屋しかないんだ。
こっちだ」
奥の部屋の鍵を開けている。
「奥って空間は大丈夫なのか?
こう、奥まった感じとか、そういうのは大丈夫なのか?」
「これだけ開けたところなら奥でも何とも無い、全然平気です」
何だか閉所恐怖症について知ってるみたいだけど。
調べてくれたのかな。
…そこまではしてないか。
「そうか、じゃあそこはクリアだな。
じゃあ…さあ、入って、中を見てみてくれ」
「…はい」
玄関に入る。
ライトが点けられた。
…広い。
色調とか何となくの雰囲気は基本この男の部屋と変わらない気がした。
リビングが広くて全体に抜け感がある。
開放感があって圧迫感が無い。…自然と気持ちいいって伸びをしたくなる。
実際伸びをしていた。
朝陽が差し込む時、凄く気持ち良さそうだ。
対面キッチンもゆったりと造られていた。
対面のいいところは、料理をしながら部屋を見渡す事が出来る事。
一緒に住んで、ソファーに寛いでいるこの男が見えた気がした。
壁収納。キッチンもだけど、何もかも、収納してしまえば見えない造りになっている。
「景衣?部屋はこっちとあっち、それから…、寝室向きの部屋はここがいいと思うんだけど、どうだろう」
「あ、はい」
後を追い掛けた。