夜界の王
そっと自分の部屋の扉を開け、忍び足で廊下を歩く。
夜中の11時をすぎている。
この時間にはもうグレンダは寝室で酒を飲んでいるか、寝ているかのどちらかだ。ほんの10分程度アーシャがいなくなろうと気づきはしないだろう。
いや、たとえばれてしまったとしても恐れることはないかもしれない。なにせこの家ともあの意地悪な叔母とも、今日限りでおさらばなのだ。
明日からアーシャは新しい家へ行く。
空き家となって放置されていた一軒家を、村の男衆が改築して住みやすくしてくれた。アーシャとデリック、二人の新居だ。
新しい環境で、毎日デリックと一緒に居られる。
それだけでアーシャにはこれ以上の贅沢を望もうとは思わない。
ああ、やっぱり家の前に行くだけでは心細い。会って話したい。なんてわがままな女だろう。だけどこの気持ちは抑えられそうにない。
浮き足立つ感情を抑えながら、玄関までの階段を降りていく。
と、その途中、一階の土間へ続く扉から、微かに明かりが溢れているのに気がついた。
グレンダが消し忘れたのだろうか?
アーシャはその部屋のそばへ向かった。
少し開きかけた扉のドアノブに手をかけようとしたその時、その部屋の中から聞こえた話し声にぴたりと手を止めた。
(誰かいる。叔母さんがまだ起きてたのかしら。でも誰かと話しているような…)
アーシャは扉の隙間からそっと中をのぞいた。そして部屋の中に立っている人物のひとりに目を見張った。
デリックだった。