夜界の王
アーシャは耳を疑った。
デリックの口調が、まるで別人のようだったからだ。
いつもの彼と雰囲気が全く違う。声からも表情からも、優しさなど微塵も感じられない。
困惑のあまりアーシャは息をするのも忘れ、会話に耳を傾けた。
「なにが感謝さ。そんなもんする柄じゃないくせによく言う。あの子は落としやすかっただろう? 馬鹿正直でくそ真面目だからね」
グレンダは喉の奥で卑しく笑う。グラスのぶつかる音がして、酒を入れているのがわかった。
「まあね。うぶすぎるのが気に触ったけど、それもそれで面白かった。顔はピカイチだしね。あいつは俺に心底惚れてるから、一ヶ月飽きずに楽しめそうだ」
「そっちが満足したからってあたしとの約束を破ってもらっちゃ困るよ」
「わかってるよ、心配しなくてもきちんと届けるつもりさ。きっとあんたが死んでも飲みきれないくらいの酒をな」
「あんまり生意気な口きくんじゃないよ、デリック。誰のおかげであの娘を手なづけられたと思ってんだい」
「ハハッ! 失礼、ご婦人」
二人はげらげら笑った。
何を話しているのか、アーシャははじめわからなかった。自分の名前が出てさえ、信じられなかった。
彼らの話は一体なんなのだろう。
(私を落とす? 飲みきれないくらいのお酒? なんのことなの)
嫌な予感がする。
聞いちゃいけない…。
これは聞くべきじゃない。
頭の奥で無意識に警告する。
けれど、意識とは裏腹に足の裏が床に縫い付けられたようにくっついて離れない。冷や汗が吹き出した。