夜界の王
Ⅲ
「はぁ…っはぁ……」
森の奥へ奥へとひたすら進んだ。
もうどこをどう走ってきたのかもわからない。
森の中は夜闇に包まれている。道も覚えていないし、もう引き返すことなど出来ないだろう。
息を吸おうとすると、喉からビュウビュウと異様な音がする。無我夢中で走ってきたせいで、呼吸がままならなかった。
息が苦しくなり、近くの木の根元に崩れるように倒れ込む。
虫の囁き声がする。ゆるやかな風が草を鳴らし、木々がざわざわと揺れている。
どこかでフクロウが鳴いた。
アーシャは深呼吸を繰り返しながら膝を抱えこんだ。
夜の森は真冬のように冷え込む。
無計画に飛び出してきたから、なにも荷物を持ってきていない。せめて上着と食べものを少しくらい持って来ればよかったと後悔するが、あの状況だとそれはとても無理だったと納得もしてしまう。
もう、走れない。
寒い。
裸足で飛び出してきたから、足の底は擦り傷で血が滲んで痛い。お腹も空いてる。
夜の森で1人生き残れる自信などない。
運が良ければ餓死。悪ければ狼や熊のような凶暴な野獣に食い殺される。
アーシャは想像してぶるりと身震いした。
怖い。
死ぬのは怖い。
でも一度横たわると歩く気力がなくなり、寒さのあまり眠気が押し寄せてきはじめた。
せめて身を隠す必要があるのに、もう身体が重くて動かない。
目を閉じたアーシャの脳裏には最後に見たあの2人の醜い笑みが浮かぶ。