夜界の王
叔母の虐待を必死に耐え続けてきたのに、唯一心を許した恋人にも裏切られて、身売りまでされそうになって。
あの悪魔たちから逃げだして村を飛び出してきたが、元々あの場所以外に1人で生きていけるところなど、アーシャにはないのだ。
行くあてもなく、もう帰る場所もない。
アーシャの手先や足先は、もう感覚がなかった。自分で自分の身体を抱きしめながら、頭の中には今までの記憶が蘇ってくる。
母と過ごした苦しくも楽しかった毎日。
叔母から暴力を振るわれ、暴言をはかれながら仕事をこなし続けた毎日。
胸躍らせながらデリックと日々の会話を楽しんでいた毎日。
そして全部が砕かれてしまった今日。
自分の生まれてきた意味とはなんだったのだろう?
今まで必死に歯を食いしばり生にしがみついて生きてきたことも、ここで誰にも知られず死にゆくことも、なにもかも全部、無意味なんじゃないのか……。
「おか…さん……」
底なしの孤独感が、冷えきったアーシャの身体をさらに凍らせていく。
「…さ、…むい……」
ガチガチと奥歯が震えた音をたてる。
寒さと孤独感と、あたりを包む夜の闇。
その一瞬アーシャは、今までの人生の何もかも、この世界の何もかもに憎しみを抱いた。
ーーーーお母さん、神さま。
どうしてひとりぼっちにしたの。
こんなに苦しいのなら生まれてこなければよかった。
お母さんが死んでしまったあの日に、この森の中で私も死んでしまえばよかった。そうすれば少なくとも、こんなにひとりぼっちだってことに苦しまずにすんだのに。
目に涙が滲んだ。
なんの涙なのか、わからなかった。
どうせここで死んだって獣が死体を食べてくれる。それで生き物の命が繋がれる。それが自分の唯一の存在価値なのだとアーシャは思った。