夜界の王


たしかに自分の方へ迫っている足音。

ゆっくりと、地に沈むように重く、足音は近づいて来る。


そしてアーシャの頭のすぐそばで止まった。

眼前の草を凝視したまま動けないアーシャは、叩きつけるように波打つ鼓動を風の音とともに聞いた。


(食べられる)


生ぬるい風に包まれながら、血の気が急激に引いていく。

アーシャは覚悟した。怖くて、知らぬ間に体が小刻みに震えはじめた。


(神さま…! どうか一瞬のうちに死なせてください。最後だけでも痛みと苦しみから私を助けてください)


最後の願いを必死に繰り返し、アーシャはその時を待った。


しかしなかなかその時は訪れない。

頭の上の方になにかが立っているのはわかるのに、それがそこから一向に動こうとしないのだ。


そこでアーシャは初めて違和感を覚えた。


動物がこんなに近くにいて、どうして唸り声も息遣いもしないのだろう?

さっきの足音をもう一度よく思い出してみる。

四足歩行の動物とは違っていなかったろうか。まるで人間の足音のようだった気がする。

(人間?)

まさか、と思う。

こんな夜中にこんなところで人間と会うはずがない。いること自体不自然だ。だがそうなるとあの二足で歩いているような足音はどう説明すればいい?

二足歩行の動物?

思い描こうとしてもなかなか適切なシルエットが浮かばない。


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