夜界の王
「っ!?」
突然の浮遊感に心臓がひっくり返りそうになる。
(な…何をするの、この人!?)
唖然とするアーシャの内心など知る由もなく、男はさっさとどこかへ向かって歩きだした。
(に、逃げなきゃ)
痛む足と頭痛を無視して、アーシャは男の腕からなんとか逃れようと体を捻った。
「暴れるな、持ちにくい」
「…くっ」
面倒そうな声の主を睨みあげようと顔を上げたアーシャは、視界に飛び込んできた男の横顔に、思わず息を呑む。
ーーー川のように風に流れる銀色の長い髪。
月の光を浴びて白く浮き上がった顔つきは確かに男性だった。だが、口元や目元に女性的な艶やかさも滲ませ、中性的な印象を強めた。
妖艶と言ってもいいほど、妖しく美麗な容姿をした男だった。
彼のもとに老いというものが訪れることが想像できない。
見た目だけで判断するなら、年はアーシャよりも10は離れていそうだが、顔の若さと醸し出す風格は噛み合っていないように思えた。
(こんな人がこの世にいるなんて…)