夜界の王
屋敷の扉が目の前にくると、アーシャは獣のことよりもその扉の大きさに意識を奪われた。
男の背丈を遥かに凌駕する扉。思わずあんぐり口を開けて上まで見上げてしまう。
入口の扉がこんなに高くて、一体屋敷内の部屋の広さはどれほどなのだろう。
アーシャが呆然としている間に、門がギギ…と古びた音を立てて開き始めた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
開かれた扉の奥で、かっちりとした執事服を着た初老の紳士が立っていた。
この家の使用人だろうか。
老紳士は伏せていた目を上げ、帰ってきた主人とその腕に収まっている若い娘……アーシャを見つけた途端、目を丸くした。
その一瞬だけ、厳格に引き締まっていた表情がポカン…と無防備なものになる。
これは何事だ、というような表情で使用人は主人の方に目を向けた。
「……そちらの方は?」
「人間だ。森で保護した」
「…なんですって」
「説明は後でする。アシュレー、部屋と着替えを用意しろ。湯の支度はしてあるだろう。この娘が風呂から出るまでに、用意をしておけ」
使用人の言葉を遮るように男は命じた。
老紳士は腑に落ちない様子だったが、それ以上主人に聞くことなく「かしこまりました」と一礼し下がっていった。