夜界の王
音もなく通路の奥へ消えていった老紳士を見つめ、アーシャは呆然とするしかない。
(ふ、風呂? 風呂に入れって、今この人そう言った?)
何がどうなっているのだろう。
アーシャはてっきり、連れてこられたらさっさとどこかの小汚い納屋にでも放り投げられ、むごい仕打ちか辱めを受けるものだとばかり考えていた。
それなのに、風呂?
「あの………」
アーシャはおずおずと口を開いたものの、男は説明もなくまた無言で歩き出してしまう。
男の腕にしっかり抱えられたまま、アーシャは有無を言わさず浴室に連れてこられしまった。
(こ、これ、夢? 夢でないなら、まさかあの世? 知らない間に私、死んじゃってるんじゃ…)
足元からゆっくり下ろされ、ようやく地面に足をつけると、その感触は確かに現実で、アーシャは思わず足の指を丸めた。
床がものすごくつるつるだ。
そしてすごい光沢。
石でできているらしいのに、表面にザラザラしているところなどなく、床一面、灰色のマダラ模様の石が埋め尽くしていた。
天井には見たこともない煌びやかな装飾が施された照明。
夜なのに太陽の光のように明るいオレンジ色が部屋中を照らす。