夜界の王
どうやら脱衣所のようだが、ここの広さだけでアーシャが母と住んでいた家の5倍はある。
脱衣所でこれなら、浴室はどうなってしまうんだろう。
お風呂になんて久しく浸かっていない。
父が生きていた頃は風呂にも入れていたが、母の看病が始まってからはいつも井戸の水で体を拭くだけで済ませていた。
ぽーっとしたまま立ち尽くすアーシャをおいて、男はさっさと出て行こうとしていた。
「えっ、ち、ちょっと待って…!」
男は扉にかけていた手を止めて振り向く。
「なんだ」
「な、なんだっていうか…、あの、私、どうしたらいいの?」
男はアーシャの疑問に眉を寄せた。
「風呂の入り方を知らないのか」
「ちがっ、それくらいわかります! そうじゃなくて…どうして私なんかにお風呂に入れと…?」
男は黙って何かを考えるように目を伏せた。
そして何かに思い至ったように扉から手を離し、アーシャのそばへ戻ってくる。
目の前に立たれ、アーシャは反射的に身構えた。
明るい場所で改めて彼の姿を見ると再認識する。
驚くほど整った顔立ちをしている。
肌が白いを通り越し青白いので、やはりどうにも人間味は薄い。
外ではわからなかったが、綺麗な場所にいると場所に遅れを取らない気品も備わっているのがわかった。
…脱衣所で気品も何もありはしないのだけど。