夜界の王
(なにしてるんだろう、私…)
どこの誰かもわからない男に後ろを向かせてこそこそ服を脱いで、お風呂に入ろうとしているなんて。
未だこれは夢だという思いがアーシャの中から抜けなかった。
すっかり脱いでしまって、そばの石造りの台に置かれたタオルを体に巻きつけると、男に脱ぎ終わったことを告げた。
振り返った彼は、アーシャの肉つきの悪い骨ばった腕や首を見て、少し眉をひそめた。
が、それは一瞬で、無防備状態のアーシャの手を引き、さっさと浴室へ向かった。
浴室へ入るなり、ぶわっと温かい水蒸気がアーシャの身体を包み込んだ。
冷え切っていた体はそれだけで芯まで温まるようだった。
水蒸気の温かさに慣れる間も無く、アーシャは浴室のだだっ広さに唖然とした。
元々大勢で使う用だとしか思えないほど広い浴室。
きっちりつめれば人が40人は入れそうな、楕円形の大きな浴槽。それがなんと3つもある。どれにもたっぷりのお湯が入れられ、湯気を上げて室内を温めている。
この屋敷にはこんなに湯が必要なほど人がいるのだろうか?
3つの浴槽に囲まれた中央に変わった動物の彫像がある。
その下にカラフルなボトルやチューブ型のよくわからないものが設置されていた。
「……あの……」
何もかもが未知のことで、アーシャはしどろもどろにそばに立つ男を見上げる。
男はそんなアーシャを見て、再び手を引き彫像の下にあった小さな椅子に座らせた。
目の前に鏡と、ボトルが3つある。
アーシャは何気なく前を向いて、鏡に映った自分の姿に恥ずかしさが蘇った。
タオル一枚ではやっぱり心許なく、今更とわかっていながら鎖骨の上までタオルを引き上げた。