夜界の王






鏡ごしに男と目が合う。

正面から見るより、鏡越しに顔を合わせる方が気恥ずかしく感じるのはなぜだろう。


「あとはわかるな」

「……」


まだ状況が飲み込めないが、とにかく大人しく風呂に入らないと彼は納得してくれないだろう。


「…大丈夫です」


アーシャが決意して言うと、男は頷いた。


「そこにあるものは好きなだけ使っていい」


そういって今度こそ彼は浴室から出て行ってしまった。



「…………」



(どうしよう…)


広すぎる空間に急に一人にされて、アーシャは途方にくれた。

とにかく、洗えと言われたのだから身体を洗うしかない。


アーシャは湯船からお湯をすくって、足を洗う。冷えていた足も、慎重にお湯にならしていくと血色が戻ってきた。

血の滲んだ足を洗い流すだけでもかなり気分がすっきりした。


ボトルはやたらとあって、何がどれだかわからない。

村では水洗いが主だったし、洗うにしても固体の石鹸しか使ったことがないアーシャには、ボトルに入れられた液体を使うのに抵抗があった。


「きっと何を使ったって、変わらないわよね…」


半分ヤケになって、適当なボトルの液体を手に少し出して髪を洗い始めた。



ーーーその後、風呂から出たあと、アーシャはこのいい加減な判断をしたことを深く後悔することになる。



< 39 / 64 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop