夜界の王
鏡ごしに男と目が合う。
正面から見るより、鏡越しに顔を合わせる方が気恥ずかしく感じるのはなぜだろう。
「あとはわかるな」
「……」
まだ状況が飲み込めないが、とにかく大人しく風呂に入らないと彼は納得してくれないだろう。
「…大丈夫です」
アーシャが決意して言うと、男は頷いた。
「そこにあるものは好きなだけ使っていい」
そういって今度こそ彼は浴室から出て行ってしまった。
「…………」
(どうしよう…)
広すぎる空間に急に一人にされて、アーシャは途方にくれた。
とにかく、洗えと言われたのだから身体を洗うしかない。
アーシャは湯船からお湯をすくって、足を洗う。冷えていた足も、慎重にお湯にならしていくと血色が戻ってきた。
血の滲んだ足を洗い流すだけでもかなり気分がすっきりした。
ボトルはやたらとあって、何がどれだかわからない。
村では水洗いが主だったし、洗うにしても固体の石鹸しか使ったことがないアーシャには、ボトルに入れられた液体を使うのに抵抗があった。
「きっと何を使ったって、変わらないわよね…」
半分ヤケになって、適当なボトルの液体を手に少し出して髪を洗い始めた。
ーーーその後、風呂から出たあと、アーシャはこのいい加減な判断をしたことを深く後悔することになる。