夜界の王
男は黙したまま、アーシャから目を逸らさなかった。
浅緑に赤みが混じった見慣れない色の瞳。
その瞳に映るアーシャの顔は、今きっと不安と困惑に満ちているだろう。
「ダレン」
「…え」
「名は、ダレンだ」
美しくも変化の乏しい顔は、静かに唇だけを動かした。
「…ダレン」
彼ーーーダレンは、アーシャに問うような視線を寄越す。
「お前の名も聞こう」
「あ…私は、アーシャ、です」
おずおずと名乗ると、ダレンは頷いた。
「俺が何者か知りたいか」
アーシャがこくりと頷くと、ダレンは何かを考え込むように一度目を閉じる。
「…お前はいずれ元いた場所に還る。知らぬままの方がお前にとって良いと思うが」
意外な発言にアーシャは目を瞬いた。
(元いた場所に帰るって………私、ここから帰れるの? この人は、私を攫ってここへ連れてきたんじゃ…)
言葉を鵜呑みにしていいのだろうか。
ダレンの表情は変わらないままで、善意と悪意そのどちらも汲み取れなかった。
ダレンは長椅子の背もたれに背を預けると、深く息を吐き出した。
「お前が倒れていたあの森は、俺が管理している土地だ。俺の管理地内で、迷子になり獣の餌になりそうな娘を放っておくのは管理主として寝覚が悪い。見殺しにするのは忍びなかった。お前を連れてきた理由は、一時的に保護するためだ」
土地の管理主。
この屋敷だけでも広大に土地を使っているのに、森林部さえ管理しているというのか。
アーシャはまじまじとダレンを見る。
横にいる男は、もしかしたらとんでもない富豪の地主なのではないかとアーシャは思った。