夜界の王
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「軽い栄養失調を患っておられます。ですがそれ以前になにか、精神的な面での不調が体調に大きく影響しているかと思われます」
診察の道具を箱にしまいながら、アシュレーは言った。
壁に背を預け一連を見ていたダレンは、腕を組んだまま動かない。
「回復するのか」
「身体面は問題ございません。きっちり栄養ある食事と睡眠を取らせ、“人間”にとっての規則正しい生活をさせれば、1週間ほどで十分回復できるかと」
「…精神面の不調とはなんだ?」
ダレンの問いに、有能な執事は落ち着いた調子を崩さずに答える。
「彼女自身の口から聞かない限り、それは把握しかねます。しかしそれを無理に聞き出そうとする行為は控えた方がよろしいでしょう」
「なぜだ?」
「人とは脆いものです。心に傷をおえば、その痛みから逃れるために傷ついた記憶を胸の内に閉ざそうとするでしょう。それをわざわざ他人がこじ開けようものなら、傷はさらに深くなり、人によれば死に向かう者さえあるのです」
「………」
ダレンは押し黙り、そしてゆっくりとアーシャの眠るベッドのそばへ歩み寄った。
アーシャは布団の端を握りしめ、荒い呼吸を繰り返していた。
眠りについてからすぐに熱が上がり、アシュレーに容態を見てもらったが、ひとまず大事はないという。
だが、精神面の不調が体調不良の原因に何故なりうるのか、ダレンはわからずにいた。
ふと、風呂場で見たアーシャの体つきを思い出す。
肉付きが悪く細すぎたし、肌は青白く血色が悪かった。
若い娘ならばもっと生き生きとした顔つきをしていてもいいはずだが、彼女の顔からは隠しきれない疲労が滲んでいた。