夜界の王
第二章
Ⅰ
甘い香りがする。
砂糖とも違い、シロップとも違う。
なんだろう………。
アーシャは目を覚ました。
「…………」
見慣れない白いレースの天幕。
馴染みのないふかふかのシーツ。
違和感とともに、アーシャの意識は現実に戻ってくる。
(ここは……? そうだ、私、村から飛び出して…)
頭がぼんやりする。身体中が筋肉痛のようにきりきりと痛い。
右からは白く鈍い光が入り込み、大きなガラス窓の向こうに空が見えた。白濁した雲が覆っている。真っ暗だった夜が明けている。
アーシャは寝室の中を見渡した。
室内には誰もいなかった。
ハッと自分の体を探り、異変がないか確かめる。
服は昨日着たローブのまま変わらず、変に乱れてもいない。
筋肉痛はあるが、それ以外に暴行されて痛めつけられたような傷はなかった。気分もだるさはまだ残るが、昨日よりだいぶ良い。
(…なにも、されてない)
無防備に寝てしまった後で今更だが、アーシャはほっと安堵した。
ベッドの脇を見ると、複雑な装飾が描かれた陶器のティーセットが置かれていた。
ティーポットからは甘く優しい花の香りが漂う。
目覚めるときに香っていたのはお茶の香りだったらしい。
装飾の美しさに惹かれ、アーシャはシーツを引きずりながら身を乗り出す。
(可愛い…)
そっと手を伸ばして触れようとした時、部屋の扉が開きダレンが入ってきた。