夜界の王
例のごとく朝食も食べさせてくれようとするダレンをとどめ、今朝は自分で皿を受け取ってスープをすくった。
コーンスープだ。濃厚でとても美味しい。
ゆっくり舌の上で味を噛み締める。
隣にいるダレンは食事をする様子はなく、かわりにパイプのような物を燻らせ、薄く開いた口から白い煙を吐き出していた。
「アーシャ」
「は、はい」
名を呼ばれるのはまだ慣れなくて、反応がいちいちきょどってしまう。
「俺はこのあと、屋敷をあける。戻るのは日暮れか、それ以降になるだろう」
「そうなんですね…」
アーシャは彼が出かけるということに少なからず驚いた。
少しずつダレンの親切心を信用しはじめているが、まだ心のどこかで彼が非道な人間である可能性を恐れて警戒している。
自分から目を離して出かけていくというのは、予想外というか、意外だった。
「お前の身体面の不調は1週間もすれば回復するようだ。それまではここで身体を休めるといい。俺が屋敷を開ける間、お前は自由だが…この部屋で1日を過ごすのは暇だろう」
ダレンはパイプから口を離し、目を細めて何やら思案する。
「暇をつぶすものが欲しいだろう。何か要望はあるか?」
「えっと……」
難しい質問だった。
今まで働き通しの生活を送っていたせいで、そもそも暇というものがなかった。
何で時間を潰していたかと問われても、家事や炊事や、畑仕事のような労働しか浮かばない。
唯一、花瓶の花の世話をしたり、寝る前に少しずつ本を読んだりする時間が至福だったのを思い出す。
「本を読んだり、植物のお世話をするのは好きですが…」
アーシャがそう言うと、ダレンは理解したように頷く。
「なら書斎へ案内しよう」
(書斎…)
アーシャはスープをすすりながら、書斎の内装がむくむくと頭の中に浮かび上がる。
書斎ということは、本がたくさん詰まっている部屋なのだろう。
かつての自分の家には本など数冊しかなかった。同じ本を何度も繰り返し読んだので、内容をすっかり覚えてしまっていたくらいだ。
(行ってみたい)
好奇心に胸がどきどきしてくる。
早く朝食を食べてしまおう。
アーシャは小さい胃袋の中に、せっせと朝食を運んだ。