夜界の王




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「アーシャ!! 今すぐこっちに来な!」


土間の奥のほうから甲高い声が響くと、アーシャは窓を拭いていた雑巾を握ったまま水場へ走った。


「この水場、掃除したのかい?」


水場のドアの横で仁王立ちになって待ち構えていたグレンダは、アーシャがくるなり言った。


「はい、叔母さん。さっき終えたばかりです」


「へえ、そう」


そう色のない声音で言うと、グレンダはアーシャの後ろの襟首に手を当てた。


なにを、と口にするより早く、グレンダの強引な力がアーシャを水場に放り込んだ。


水で濡れた床で足が滑り、肩や膝が思い切り壁に打撃し派手な音が鳴った。あまりの痛みに目に涙が滲む。



「よくそんなことが堂々と言えたもんだね。よく見な! カビもとれてない、黒ずみもついたまま。これのどこを掃除したって言うんだい、え? 言ってみな!!」


「ごめんなさい…っ、でもここだけはどうしても落ちなくて…、っ!」


バシンッと乾いた音が反響する。


一拍遅れて、じりじりした熱が自分の左頬に広がっていった。


カッと見開いたグレンダの眼が、アーシャを真上から見下ろした。


「口答えすんじゃないよ。誰のおかげで食っていけてると思ってんだい? 次に雑な仕事したらただじゃおかないよ、いいね」

「…はい、叔母さん」


アーシャは身を起こそうと床に手をつくと、水浸しの雑巾が背中にベシャリと当たった。

氷みたいな冷たさが背中を冷やしていく。


「その雑巾も洗っときな。それから寝室の片付け、床掃除、窓拭き。全部やり終えるまで飯なんて食ってる場合じゃないからね」


「……はい」



従順な受け答えさえも忌々しそうに、グレンダは舌打ちとともに愚痴を吐き捨てて去っていった。


アーシャは俯いて強く唇を噛む。嗚咽が漏れないように、ぐっと喉に力を入れて耐えた。






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