秘密のラブロマンス~恋のから騒ぎは仮面舞踏会で~
1.王子殿下の暇つぶし
ベルンシュタイン家の一室から、奥方の金切り声が聞こえない日はそうそう無い。
「分かったわね! エミーリア。今日こそはそこの花模様を仕上げるのよ」
執務室まで響き渡るその声に、父親と会話中のギュンター=ベルンシュタインは顔を見合わせ、やれやれといった調子で口元を緩めた。
「どうやらまたエミーリアが叱られたようですね」
高々と重なった肖像画をちらりと一瞥してから、反対側に積み上げていく。
かれこれ、もう十五分ほど続けている作業だ。
「最近、縁談の申し込みが減っているからな。あれも気が気じゃないのだ。エミーリアを思えばこそだよ」
父親であるベルンシュタイン伯爵は、さして気にも留めていないようにつぶやくと、「こちらの令嬢はどうだ」と肖像画を見せる。
ギュンターはよく見もしないうちに、受け取った肖像画を閲覧済みのほうへと積み上げた。
「相変わらず……父上は平和でよろしいですね」
「そうだな。平和はいい」
軽い嫌味にも、伯爵は気づかない。
平和だ。だからこそ母上とうまくやっていられるのだろうとギュンターは思う。
女は貞淑であれなどともっともらしく言っているが、母上が貞淑そうにしているのは他に人がいる時だけだ。我の強さは天下一品。間違いなくエミーリアの折れないところは母親譲りであり、責める前にご自分の性格を見直せばどうか……と思ってはいるが口には出さない。
ギュンターは平和至上主義だ。自分からもめ事を引っ張り込むなど、何の得にもならないことをする気にはならない。
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