秘密のラブロマンス~恋のから騒ぎは仮面舞踏会で~
「この程度の伝令で震えるなぞ情けないぞ」
「そう言ってやるなよ。ルッツはまだ年若だ」
「お前は甘いよ、ギュンター。もっと有能な従者がいるだろうに」
ポンと肩をたたき、クラウスは中央の踊り場のほうへと向かっていった。
ギュンターはため息をつき、ルッツを励ました後は壁に寄りかかった。
口元以外を覆う形の仮面は、視界があまり良くない。よくみんなこの状態で踊れるものだと思ってしまう。
数人の女性からの視線は感じるが、女性のほうから声をかけてくるような無粋な娘はいない。第二王子とつながりのある人間は上流階級に限られるからだ。
見ればクラウスは適当な女性に声をかけ、生演奏の音に乗って優雅に踊り始めている。
あいつこそとっとと嫁をもらって落ちつくべきだろうとひとりごちる。こうして女性に声をかけるのだって厭わないわけだから。
ギュンターも通常の夜会ならそれを怠ることはない。美しい女性に声をかけ、場を盛り上げるのは男の務めだ。
しかし、今は自分がベルンシュタイン家の跡取りだなどとはだれもわからないのだ。だったら気を使う必要もない。まずは腹の虫のほうを抑えようと壁際の料理に手を伸ばした。
「あの……今は結構ですわ」
落ち着いた声に顔を上げると、ギュンターと同じように軽食に手を出していた令嬢が、男性陣から声を掛けられていた。
華やかな黄色のドレスをまとった令嬢は、わずかに見える口元も艶めいていて、その服装の豪華さからも、今日の招待客の中でも上客であろうと思われた。
踊りの誘いを受けたのであろう彼女は、気が進まないのかおどおどと言い返している。