秘密のラブロマンス~恋のから騒ぎは仮面舞踏会で~
ギュンターが廊下を通り抜ける間、廊下にいた使用人たちが足を止め頭を下げている。
世襲貴族である伯爵家の長男として、ギュンターは常に父親に次ぐ敬意を受けてきた。自分自身の価値は、この家の爵位に対する価値と等しい。つまり、爵位を失うことがあれば、ギュンターという個人など何の価値もないのだろう。
ギュンターの頭の中の冷えた部分には、常にその考えが鎮座していた。
物思いにふけっているうちに、同じ階にあるエミーリアの部屋にはすぐ着いた。
ノックすると、「どうぞ」とすぐに返事が来る。
「やあ、エミーリア」
「お兄様!」
ギュンターが顔を出すと、三歳年下の妹はパッと顔を輝かせた。
美しい栗毛の髪、小さな顔に配置よく並ぶきらめく瞳と小さな口。目元のほくろが愛らしく、年齢の割にはあどけなさを残す顔も、すべてが可愛らしい。
ギュンターが他の令嬢に心を奪われないのは、この妹のせいでもある。子供のころからこれだけ美しい娘を目にしていれば、よその令嬢が見劣りしてしまうのもやむを得ないというものだ。
ルッツに部屋の外で待つように言い、自分だけが中に入ったギュンターは妹の従者であるトマスが差し出す椅子に腰かけ、足を組んで目の前の妹を見つめた。
「母上の声が執務室まで聞こえたよ」
「ベッドカバーを仕上げろというのよ。無理に決まっているじゃないの。まだほんのこれしかできていないわ」
エミーリアの膝の上にのっているのは、全体の十分の一も仕上がっていないベッドカバーだ。
しかも作り始めたのはかれこれ一年ほど前だった気がする。ギュンターにはこれが完成するまでにはあと十年は必要だと思えた。
「やれやれ、これではとても嫁には行けそうにないね。いっそ、結婚などせずにずっとうちにいるかい?」
「それも悪くないなって思うわ」
「俺の縁談話のほうがじきにまとまるだろう。そうすれば、しばらくは母上もおとなしくなると思うよ」
長男の結婚話が決まれば、準備だなんだとかかりきりになるはずだ。
現在、縁談が決まらないことを執拗に攻められているエミーリアにとっては朗報だろう。