難あり編集者と極上に甘い結末
岩崎さん、岩崎さん、岩崎さん。
無意識のうちに、心の中でそう叫びながら歩き続ける。足を大きく伸ばし、ぎゅっと服の袖を握りしめた。
「杏(あん)!」
前方から聞こえてくる、私の名前を呼ぶ声。私のことを〝杏子〟ではなく〝杏〟と呼ぶ人なんていただろうか、と考えながら涙を拭うと、そこには岩崎さんがいた。
「えっ……」
「お待たせ。迎えに行くの遅くなってごめんね」
「え? 何の話……」
私は、岩崎さんの言葉が理解できなかった。
今日、岩崎さんに迎えに来てもらう約束なんてしていなかったのに。と疑問に思っていると、岩崎さんが私の耳元に口を近づけた。
「ごめん、ちょっと唇借りる」
「え?」
私の理解が追いつくまでに、私の目の前にやって来た岩崎さんの顔。私が反射的に目を瞑ると、岩崎さんの唇がゆっくり、きつく触れた。
しばらく、触れたままの唇。それがゆっくりと離れると、私の瞳からはまた涙がこぼれ落ちた。
「あいつ、もう居ないから。大丈夫」
私の肩を寄せると、そう言って頭を撫でる岩崎さん。私の涙は、止まるどころか、また勢いを増すようにして零れ落ちてくる。