難あり編集者と極上に甘い結末
もう忘れたはずなのに。新しい恋を始めたばかりなのに。こんなにも過去の恋に動揺させられている自分が情けなくて仕方がない。
こんな自分が嫌で、私はまた、岩崎さんの服の袖を強く掴んだ。
「それなら、大丈夫。突然沢木さんが目の前に現れて、びっくりしちゃったんでしょ? この現状に、気持ちが追いついてないんだよ。きっと。これは、ごく当たり前の感情だし、動揺するのは仕方がない。杏は何も悪くない」
大丈夫、大丈夫、と岩崎さんが頭を撫でた。私は、その暖かい手のひらに少しずつ気持ちが落ち着いていった。
「ちょっとまだしないといけないことがあって残るけど、待ってる?」
しばらくして、岩崎さんがイスから立ち上がる。
「いえ。もう大丈夫なので、帰ってます」
これ以上迷惑や心配もかけたくなかった私は、そう言って立ち上がった。すると、岩崎さんは「そう。気をつけてね」と笑い、私の髪を撫でた。
単純だけれど、それだけでさっきまでの動揺なんて吹き飛んでいて、私は自然と口角を上げて頷いた。
岩崎さんと別れ、会場を後にしようとした私。ホテルの大きな自動ドアの向こう側へ一歩踏み出そうとした、その時。
「杏子」
後ろから、声がかかった。私は、振り向かなくてもその声の主が誰か分かってしまった。