難あり編集者と極上に甘い結末
「先、頼むか」
「うん。そうだね」
彼の提案を受け、私と彼は飲み物と少しのつまみを頼むことにした。
「杏子は、最初生だっけ」
メニュー表の飲み物欄を開こうとする私よりも先に、拓未がそう言う。私は、彼から発せられる名前呼びや、私が居酒屋に来た時に必ず頼むものを覚えてくれていたことに、なんとも言えない感情を抱いていた。だけど。
「……違う」
「え?」
私は、今日、彼に気持ちを戻すために来たわけじゃない。もう、二度と、彼に戻るのとはないこの気持ちを、ちゃんと捨てに来たのだ。
「何年経ったと思ってるの。もう、あの時の私じゃない」
「そっか……そうだよな」
拓未は、切なそうに眉尻を下げて笑う。その後、少しの間だけ、私達二人の間には沈黙のような空気が流れた。
何も会話を交わさないまま注文を済ませると、先に口を開いたのは拓未の方だった。
「杏子」
「なに」
「……何も言わずに消えたこと、悪かったと思ってる。本当に、本当に、ごめん」
頭を、テーブルに着きそうなくらいに深く下げる拓未。
私は、あんなにも引きずって、あんなにも怒って、泣いて、苦しんだ。そのはずなのに、彼の姿を見ていると、そんな気持ちなんか、どうでもよくなってしまいそうだった。
「……もういい。いいから、頭上げて」
彼は、ゆっくり頭をあげると、眉を下げたままで口を開いた。
「良くない。何度謝ったって足りない。だけど、大切なのは……本当に好きなのは杏子だったんだって、気づいたんだ」