佐倉小花の幽愛白書
成績優秀な彼女が化学や生物の授業内容について質問が有るとは考えにくい。
ビーカーに注いだコーヒーを啜りながら私は佐倉の次の言葉を待った。
「先生。どうやら私、恋をしているみたいなのです」
唐突な一言に今しがた口にした物を私は盛大に吹き出し咳き込んでしまう。
「先生。大丈夫ですか?」
「ああ、すまない。大丈夫だ」
私が動揺してしまうのも無理からぬ事だ。
彼女から発せられた台詞はそれ程までに予想外なものだったからだ。
前述の通り常時無表情な事を除けば佐倉小花のルックスはかなり良い方であり、今までその見た目のみに恋した数多くの哀れな男子生徒達が彼女に交際を迫ったものの皆例外なく斬り捨てられていったという噂は私も聞いたことがある。
サッカー部のエース、学年成績1位の秀才、我が校の誇る生徒会長と言った錚々たるメンツが佐倉の前に撃沈していった事から彼女は恋愛にまるで興味が無いものだと思っていたのだがどうやらそれは誤解だったようだ。
「私が恋をするのは先生から見てそんなに意外ですか」
「こう言っては君に失礼かもしれないが、正直かなり意外だったよ」
私は率直な感想を隠すことなく伝えた。