佐倉小花の幽愛白書

「いいんです。私自身、誰かに恋をするなんて驚きでしたから」


 そう言って佐倉はまたコーヒーを啜る。


なるほど、要するに私は彼女の恋愛相談の相手に選ばれたという訳か。


しかし、そうなると益々妙である。


何故、恋愛相談の相手が私なのだろうか。


自慢ではないが29年生きてきて女性と付き合った経験なぞ一度も無ければ誰かの相談に乗ったことも無いのだが。


天然パーマの無造作ヘア、丸眼鏡に慎ましやかな筋肉しか内蔵していない細い肉体にぶかぶかの白衣を着るものだから一層冴えない雰囲気を醸し出しているこの姿を見れば誰しもが私に恋愛適性が無い事に気付きそうなものなのだが、佐倉はそんな私に相談に乗って欲しいと言うのだ。


「佐倉さん。残念だが私は恋愛相談の相手には向いていないよ」


「それは解っています」


 いくら自覚があるとはいえ他人にはっきり言われると傷つく事があるという事を彼女は学ぶべきだろう。


「ならば、何故私の所に?」


「お恥ずかしい話なのですが、私自身誰かに恋慕の情を抱くなんて初めての事でして本当にこの感情が恋と言うものなのかよく解っていないのです」


 私の目を真っ直ぐ見ながら話す彼女の表情からはとてもではお恥ずかしいという要素は見当たらなかった。
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