嘘に焙り焙られる



「おはようございます。本日は、よろしくお願い致します。」

挨拶もそこそこに、ロックバンドのミュージックビデオの撮影が始まる。

ビルの屋上にある、環境を意識したよくあるビオトープが撮影場所。

ブルーアワーに何が何でも撮影がしたい熱心な監督の要望が通り、真っ暗な寒空の下撮影開始だ。



簡潔に言えば、執着心のある彼氏と未練を持ちながらも男のもとを去る彼女の話。

打ち合わせ段階から耳にしていたが、別れのシーンから始まる。

抱きしめられ追いすがる彼に思いっきり拒絶を示さなければならない役だ。

その上、台詞もなく出来たら二人とも泣いてくれというリクエスト付きである。

ミュージックビデオであるからして、シーンは数十秒で終る予定であり、都会が喧騒に包まれる前に、撮影を追わせなければいけない。

だからこそ早朝の撮影である。




「そろそろ行きますね、用意」

同時に直矢が、「失礼します」と恐る恐る長い腕を回し抱きしめてくる。

思った通りの柔らかいバニラの香りに、包まれた。

カチンコが鳴る。

雲一つなく晴天の夜空と夜明けの狭間、撮影が始まった。

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