嘘に焙り焙られる
ザアーーとシャワーの音が遠くに響く。
直矢が帰って来たのだろう。
ぼんやりと覚醒しない頭では、穏やかな時間が醸し出されている。
寝返りを打ち、コツコツした足音と配慮を感じる生活音だけが響く世界がそこにある。
部屋に人の気配を感じ、桐子は気怠く
「おかえり」と発声すると直矢は
「ただいま。もしかして起こした?悪い。」とヒソヒソ話しながら、無駄に広い寝具に入り込む。
最小限の音だけにしようとする気づかいは、もうとっくに慣れ親しんだ。
より一層低い声で耳元に「今だけ」と同時に直矢に抱き締められると桐子は流石に重い瞼をあけた。
直矢の顔が目の前にある、目が合う、額も合う。
手の甲で髪を梳かれる。
文句の一つでも言おうと思った。
でもそんな時間がもったいないような気がして。
「今何時?」
「1時半過ぎたところ」
「直矢眠かったら寝ていいよ」
「折角時間取れたのに..」という言葉を残し、目を優しく伏せ直矢はスーッと眠りに落ちていく。
「おやすみ」直矢の髪を撫でることさえ許されない世界なのかな。
思わず伸ばした手を引っ込める。
触れるか触れないかの葛藤が、私にもやっとわかり始めた気がする。
それではもう遅いのだろう。