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第1話

 今が夢か幻か、過去か未来か、その境目が分からなくなってどれくらいの月日が流れたのだろうか。今日という日が、何事もなく明日へ繋がってほしいという希望を捨ててから、どのくらい経ったのかも分からない。
 今見ているこの同じ朝日をあと何回見ることになるのだろうか。小林彩花(こばやしあやか)は自室の窓から見える朝日をみつめながらぼうっとしている。
 しばらく朝日を眺めていると、朝五時半を報せるかのように、新聞配達のバイクが定時に家のポストに新聞を投函した。配達員が去ったのを確認してから、彩花はパジャマ姿のままでポストへ新聞を取りに行く。
 毎日の日課となっている行動だが、いつも少しの希望を抱いて新聞の一面を見ていた。
『10月27日、木曜日』
 彩花は溜め息をついて新聞を居間のソファに投げる。
「また退屈な一日が始まる……」
 諦めたような独り言をこぼしながら、重い足取りで自室へと戻って行った。

 
10月27日(木)PM12:50、昼休み。
 茶屋高校の図書室には弁当や購買部で買ってきたパンを片手に生徒たちが集まり出している。生徒の昼食パターンは、学食や教室内で馬鹿騒ぎしながらご飯を食べる派、図書室内で落ち着いた話をしながらご飯を食べる派、校外へ食べに行く派に大別されていた。
 本来、図書室内での飲食は禁じられているのだが、基本的なマナーを守るというルールをしっかり理解している生徒には、図書委員も黙認しているのだ。
 昼食を菓子パンで済ませた久宝晶(くほうあきら)は、広い図書室内で誰かを探すようにうろうろする。トレードマークのポニーテールはスカートの腰の辺りまで伸びているが、本人は単に美容院嫌いなだけで伸ばそうという意図があって伸ばしている訳ではないらしい。
 図書室と言っても、そこは進学校の誇りなのだろう、広大な面積に市立図書館並の品揃えだ。入口付近に貸出と返却の受付カウンターがあり、フロアの右半分が書籍の棚、左半分に机などが並んでいる。
 人気のない奥の方を覗くと、心理学の棚の前にお目当ての人物を見つける。晶は澱みなく足を運びその人物に声をかけた。
「小林さん」
 晶の呼び掛けに女の子は晶の方を向く。端麗な容姿に真っ直ぐな黒髪。優等生タイプの印象を受ける。
「はい」
「初めまして。七組の久宝晶です」
「……。こちらこそ初めまして、小林です」
(初対面で話しかけられたわりには目が据わっている)
 晶は一瞬で小林が只者ではないと推測する。
「……」
 晶は敢えてここで一呼吸おいて彩花を観察する。彩花は驚くこともなくあまり興味のないような眼差しで晶を見ていた。
「あの、初対面で不躾とは承知なんですが、実は小林さんとお話ししたいことがあるんです。もし良かったらお時間頂けませんか?」
 晶のセリフに対して、彩花は少し間を置いたのち頷く。
「立ち話もなんですから、あそこで話しましょう」
 晶は受付の横にある生徒会室の扉を指差す。生徒会室と図書室は一つの扉で繋がっており、生徒会の決められた役員のみが合鍵を使い自由に出入りができる。
 晶は合鍵を使って鍵を開ける。図書室側から入る晶と彩花を物珍しそうに受付の女の子が見ている。図書室側から入る人物はほとんどいないので気になっているようだ。

 生徒会室に入ると晶の予想通り誰も居らず、黒板に書かれてある多くの行事予定表が目に入る。昼休みに生徒会室で歓談する、なんていう会員がいないことを晶はよく知っていた。
 彩花にイスを勧めてから晶もパソコン前のお気に入りの柔らかイスに座る。現在パソコンは故障中となっていて、この座席は晶の私物と化していた。初めて会った人物と話し合おうとしているわりには、彩花は落ち着いた振る舞いをしており、晶はその動作をしっかり観察する。
「あっ、話の前に何か飲みます?」
「いえ、お構いなく。ところで、お話とは何ですか?」
「話の内容は、実は大したことじゃないんだけど。小林さんいつも登校の時、ネットルーム前の『紅葉の中庭』を通っているでしょ?」
「ええ」
「あたし、いつも朝一でネットルームを利用してるんだけど、そこから見える紅葉を眺めるのが好きなの。秋の良さをすごく感じさせてくれるし、落ち葉のひらめきは見てて趣があるから」
 彩花はこれといった反応も見せず晶の話を聞く。晶は彩花の目をよく観察しながら話を進める。
「でね、今の時期って紅葉が真っ盛りでしょ? だから風がちょっと吹いただけで、ザッーって枝がなびいて落ち葉がたくさんひらめく」
 晶はいつも通り本題を話すのに遠回りする。
「中にはその落ち葉が髪の毛やコートのフードに着いちゃってるのに気付かないまま教室に入ってくる人だっている。まぁそれも昔の言い方を借りれば『いとをかし』って感じなんだろうけど」
 本題をなかなか話さない晶に対して、彩花は相変わらず疑問も不快感も抱いてないようだ。
「じゃあ、本題。小林さんは毎日あの中庭を通って教室に向かっています。小林さんも学校に来るのは早い方だし、いつもよく見掛けてたから見間違いはない。そこで小林さんのある行動に目を惹かれたの」
 晶はここで一呼吸おく。彩花の表情は全く変わらない。
「小林さん、本来なら見えないはずの、フードに入った落ち葉を取ってた。最初は中庭を渡り終えたときに必ず行う癖だろうと軽く見過ごしてたけど、小林さんの場合はフードに落ち葉が入っているときにだけフードを見ずに取っていた。気付いたのは三日前くらいだし、もちろん偶然かもしれない、けれど、今日それが偶然じゃないことが分かった」
 依然として彩花は黙って話を聞いている。そして、晶は突拍子もない切り口を出し始める。
「今日の二時限目の休み時間、下駄箱近くの廊下の曲がり角であたしと目があったのは覚えてる?」
「ええ」
「実はあのとき、あたしは小林さんにぶつかるつもりで廊下の角を曲がったの。けど、小林さんはうまく避けた。まるであたしが来るのを予知してたかのようにね」
 晶は一息溜めて結論を切り出す。
「それらの状況から導かれたあたしの結論。それは、小林さんは予知能力を持っているのかもしれないということ。おそらくほんの数秒先の未来が覗けるくらいの予知だと思うんだけど。違う?」
 突拍子もない推理に対して彩花は全く動じない。面接試験の面接官のような雰囲気が生徒会室に漂う。
「あたしの推理、間違ってる? 間違ってたらちゃんと謝ります」
 晶の言葉に彩花がやっと口を開く。
「いいえ、間違ってない。久宝さんの推理通り私は未来を知る力がある」
「やっぱりそっかぁ」
「けれど、正確に言うと予知ではないの。私は既に未来を体験してるだけ。だから、予知という表現より、未来を認識しているという言い方が正しい表現になるかな」
 彩花のセリフに晶は目をらんらんと輝かしている。
「じゃあ、今こうしてあたしと話し合うことも、当然体験済みってことだよね?」
「ええ、久宝さん……、ううん、晶から誘いがあることもこの落ち葉の推理を披露されることも、朝起きたときから分かってた」
 晶は腕組みをして思考を巡らしている。
「つまり、あたしが今何を考えていて、これから何をしゃべるのかも分かっているってことだよね? あたしはこれから何を話すの?」
 このセリフに彩花は含み笑いをする。
「ホント、晶は天才ね。頼りになることがよく分かる。実は私の中で起っているこの不思議な体験の解決を晶に相談してたの。複雑な事情があって今はすべてを話せない。私が用意しなきゃいけないこともあるし。いずれにせよ昼休み中では話しきれないから、放課後駅前のスタバで話そう。晶もそう考えてるでしょ?」
「ご明察。分かった、放課後までに頭をフル回転させて、できる限りの空想をしとくわ」
「了解。あ、私のことは小林さんじゃなくて彩花でお願いね。じゃ、また後でね、晶」
 彩花は晶に笑顔を見せながら部屋を後にする。晶は久しぶりのワクワクするような展開に胸の鼓動が高まっていた。駅前スタバ限定のプリンパフェを食べながら話を聞こう、と決心しながら。


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