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第10話

10月29日(土)AM9:40。
 池田駅に到着した真と彩花は登山客の一行と共に下車する。池田町の山間部は有名な登山コースがあるらしく、土曜日の午前中という時間帯にも関わらず、駅前にはリュックを背負ったグループがちらほら見てとれる。
 連休を利用して遠出をしようと考えている人が多いのだろう。駅前のビジネスホテルにもそれらしきグループが見える。
「土曜の朝なのにけっこう混んでるな」
 陽気な気候を予想していたかのように、真は黒のジーンズに水色のシャツというラフな服装をしている。
「この時期は気候もいいんで観光やピクニックにはもってこいの日取りなんだと思います。特に今日みたいなポカポカ陽気は紅葉狩りには申し分のない天気かもしれませんね」
 ニャンコバーガーのダウンバックを肩に担いで彩花は周りを伺う。今日はいつもの制服姿ではなく、白のハイネックセーターと紺のスカートといういでたちをしている。
「実家に行くバスは後二十分くらいで到着するみたいですね。一時間おきみたいだから、これを逃したらヤバかったですね」
「時間の制約が無いようで厳しいのが田舎の怖いところだな。ところで、実家に着く前に一つ聞きたいことがあるんだが、いいかい?」
「ええ、どうぞ」
「一か月前に実家に来たときの順路は覚えてる? 例えば何時頃に駅前に着いたとか、どこかの店で買い物したとか」
「実家までの道順はほぼ一直線ですから大丈夫です。ただ、どこへいつ寄り道をしたというのはちょっと……」
 彩花は申し訳なさそうに目を伏せる。
「一か月以上も前のことだから当然か。できれば当時の状況を再現してもらいたかったんだが、無理は言わないよ。とりあえず、思い出したり気付いたことがあったら言ってくれればいいから」
「わかりました」
「じゃあ、バスが来るまでに昨晩予約しておいたホテルの確認をしてくるよ」
 真は彩花にバッグを託し、小走りでビジネスホテルに向かった――――


――三十分後、十分遅れで到着したバスに揺られ、真は少し酔いかけている。
「この山道、ずっとこんな感じなのかい?」
 外の景色を眺めつつしばらく我慢していたが、真は堪らず悪路を非難する。
「あ、やっぱり車酔いしてます? 残念ですけど、実家までずっとこんな山道ですね」
「やっぱりか。ヤレヤレ……」
 真はうつむき加減で再び窓の景色に目をやる。しかし、どこを見ても山やみかん畑しか目に入ってこない。同じ車内に乗車している登山者一行が、楽しそうに話し合っている姿が信じられない様子で真は見回す。
 虚ろな瞳でふと斜め前を見ると、みかんの皮を剥いているおばあさんと目が合う。真が車酔いをしているのを察したのかおばあさんは剥いたみかんを持って真に差し出す。
「食べたら少しは酔いが和らぐよ」
 おばあさんの笑顔に真は笑顔でみかんを受け取る。
「うわ、冷たい!」
 みかんを手にした瞬間に真は驚く。
「あ、それ冷凍みかんですね」
 彩花の冷静なセリフに真は不思議そうな顔をする。
「真さん、冷凍みかん知らないんですか? 冷凍みかんはこの地方ではお馴染みの激ウマスイーツなんですよ」
 彩花のセリフにおばあさんも頷く。真はカチカチで剥しにくいみかんをゆっくり取り、口に運ぶ。
「くっ、冷たぁ」
 眉間に皺を寄せる真を見て彩花もおばあさんも笑う。
「でも確かにおいしいですね。目がシャキッとして気分が良くなりました」
 真のセリフにおばあさんはニコニコしながら頷く。
「冷凍みかんを知らねぇってことは、おめえさんは都会の方かい?」
 おばあさんは真の横の座席に座り親しげに話しかけてくる。
「はい、隣県の茶屋咲ってところから来ました」
「はぁはぁ、茶屋咲ゆうたら昔から有名な進学校のあるところじゃね。若い頃、地域の観光旅行で行ったことがあるぞね。懐かしいの~」
 おばあさんは感慨深げに回想している。
「お嬢さんは山道に慣れてるみたいじゃが、もしかしてこの辺の方かい?」
「いえ、出身はここじゃないんですが祖母が槍方村(ヤリガタムラ)に住んでて、この山道はよく通るんですよ」
「はぁはぁ、槍方のお嬢さんかえ。ワシは槍方の下の小手川村(コテカワムラ)に住んじょる」
「あ、おばあさん小手川なんですか。小手川と言えば先月の台風大変でしたでしょう?」
「んだ。あの台風はいい迷惑じゃった。うちのみかん畑の木も何本か折れたからのぅ。小手川も増水してそりゃてんやわんやじゃった」
 真を間に挟んで、彩花とおばあさんは地元民にしか分からないような話に突入する。要約すると先月の台風でいろいろな被害が出た、といったとこなのだろう。
 十分後、バスのアナウンスで小手川村が流れる。
「んじゃワシはここで降りるけ。若い者同士仲良くデートするんぞ」
「ちょ、違いますよ! おばあさん。私たちはただの友達です!」
 彩花は焦って否定するが、おばあさんはニコニコしながら下車する。駅前で一緒に乗った登山者一行もこの停留所で降り、車内には気まずい雰囲気の二人が取り残された。
「あの、さっきのおばあさんの言ってこと気にしないで下さいね。全然悪気があって言った訳じゃないと思うんで……」
 少し照れ隠しをしながら彩花はおばあさんを擁護する。
「分かってる。むしろそうやって釈明される方がこっちは対応に困るよ」
 真は顔を見られないようにずっと窓の外を見続ける。
「あ、すいません。変な気遣いをさせてしまって」
「その話はもういいって。ところで、さっきおばあさんと台風の話をしていたみたいだけど、実家の方は大丈夫だった?」
「はい、実家の村は山の上の方なので、ほとんど被害はありませんでした。あ、台風で今思い出したんですけど、実家の近くに有名な桜の木があるんです。今は時期外れで花は見れないんですけど、大きくて樹齢も長くて存在感たっぷりですよ。なんと言っても台風の強風でもビクともしてなかったんですから」
「桜の木か……」
 桜の木という単語を聞き、真は自然と学校の折れた桜を思い浮かべる。
「先月も墓参りの途中にちょっと寄ったんですけど、一度見てみます?」
「う~ん、そうだな。もしかしたら手掛かりを掴めるかもしれないし、個人的にも桜は興味があるから寄ってみるか」
「はい、じゃあ墓参りの後、そのまま桜の木を見に行きましょう。きっと桜の存在感に魅入られると思いますよ。私も初めて見たときそうでしたから」
「へぇ、それは楽しみだな。こう見えて僕は自然には造詣が深くてね。どんな桜の木か今から楽しみだよ」
 真のセリフに彩花は嬉しそうに頷いた。


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