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第11話

 槍方村の停留所で下車すると、村の集落から少し外れた細い山道を歩く。細道の側にあるなだらかな斜面には、みかん畑が広がっており、真は見慣れ無いみかん畑を横目に彩花の後を付いて行く。秋という気候の割には暖かく、真のひたいにはしっとりと汗がにじみ出る。
「小林さん、お墓まで後どのくらいなんだい?」
「後、十分くらいです。この先はそんなに上り坂もないので安心して下さい」
「了解。それにしても、生徒会に入って確実に体力落ちたな。我ながら情けない……」
 真の独り言に彩花は含み笑いをして引率する。バスケ部の彩花にとって山歩きは全く苦ではないらしい。
 彩花の言葉通り、しばらくするといくつかの墓石が山肌に見えてくる。いびつな山肌の形からして、墓場を造成するためにわざわざ山肌を削って作られたのだろう。
「やっと到着か。小林さん家のお墓はどれ?」
「私たちの墓は真ん中の黒い墓石です。三つの卒塔婆が目印ですね」
「なるほど、あそこか……」
 まず遠目から見て墓場の状況を観察する。墓石の背後には落石防止用ネットが設置してあり、安全性に問題はない。次に墓石の前に立ち周りを見渡してみるが、やはりこれといった問題はないようだ。彩花は線香をあげ、墓石に手を合わせてから真に話しかけてくる。
「なにか気付かれたことはありましたか?」
「いや、特に問題はないと思う。小林さんの身内で最近ご不幸とかは?」
「最近はないですね。一番最近と言っても、祖父が無くなった五年前が一番近いと思います」
「リピートが始まったのは一か月前だから全く関係なさそうだな。やはりお墓参りは関係ないのかもしれない」
 腕組みをしながら静かに考え込む真を彩花は黙って見守る。
(小林さんの先祖が小林さんを守るため、又はなにかの警鐘のためにリピートを与えているという考えは成り立ちそうにないな。お墓の件はひとまず保留ってところか……)
「一か月前お墓参りの後、家族みんなで桜の木を見に行ったのかい?」
「はい、桜の木はこのすぐ先にありますからついでに。あ、でもそのときは私一人で見に行きましたね。時期外れだし、その日は弟の体調が悪い上に蜂にも刺されて、お墓参りの後すぐに両親に引っ張られて祖母の家に帰りましたから」
「一人でか。もしかしたらそこに何か手掛かりがあるかもしれないな。早速行ってみよう」
「分かりました。ここからだと、五分とかかりませんからすぐ着きますよ」
 そう言うと彩花は先頭に立って歩きだす。桜の木までの山道はこれまでと同じように、山肌に沿ってなだらかな曲線を描いている。この道を車で行き違うことはまず不可能だろう。
 真は整然と並ぶみかん畑を眺めながら歩く。しかし、山道を曲がった先に突如自然の情景に似つかわしくない建造物が目に入ってくる。
(あの形と大きさ。そして等間隔に設置しているところを見ると、高速道路の基礎ってところか)
 コンクリート製の建造物は真たちの歩く方向に向かっており、今歩いている山肌にもいずれ造成の手が伸びてくるのは間違いないだろう。
(ダムも然り、今の日本の公共事業は利便や利益と引き換えに、返ってこない大切なものを失い過ぎているな)
 無用な公共事業の現実に辟易しながらコンクリートの物体を眺める。
 次の瞬間、真は前を歩いていた彩花にぶつかりそうになる。考え事をしていて目の前に立つ彩花に気がつかなかったのだ。
「ごめん。考え事をしてて気がつかなかった。もう着いたのかい?」
「それが、その……」
 戸惑いを見せる彩花を不審に感じ、真は道の先を覗く。そこには赤いカラーコーンと金属のフェンスによって取り囲まれた一本の木が見える。
「まさか、あれが例の桜の木?」
「はい。でも、なんか変なことになってるみたいです」
 彩花は浮かない顔で木を見つめる。真はフェンスの周囲を周って状況を確認する。
「なるほど、そういうことか。最悪だな」
 真はフェンスの一部を見つめながらつぶやく。
「えっ、何か分かったんですか?」
「うん、ここに書いてあるんだけど、この桜の木は公共事業のために撤去されるらしい。しかも期日は明後日だ」
「えっ!?」
「本当に今の公共事業は間違いだらけだ。木の根元に立ててある解説を見たが、この桜の木は樹齢が二百年以上も経っている。こんな大事な木を高速道路の建設という理由だけで安易に撤去してしまうなんて馬鹿げた話だ」
 語気を強めて真は怒りをあらわにする。
「この枝振りだったら、毎年春には見事な花を咲かせるだろうに、全く……」
「私、何度もこの桜が満開したときの状態を見たことがあるんですけど、それはもう立派ですよ。茶屋高にある桜の木も立派ですけど、やっぱりここの桜の木の方が存在感がありますよ。子供の頃から見てきたからっていうのもあるかもしれませんけど……」
 彩花は少し悲しそうな表情で桜への思いを語る。真は厳しい表情をしながらフェンスに書かれてある内容を黙読していた。



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