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第14話

10月29日(土)AM10:30。
 黒のワゴンRが久宝探偵事務所の前に停まり、ほどなくして大きめの茶封筒を持った晶が階段を降りてくる。いつものようにシャツとジーパンというラフな格好をしていた。晶は助手席に乗り込むと運転手に話しかける。
「おっちゃんまた髪薄くなった?」
 開口一番晶は馬場が気にしているナイーブな部分に突っ込む。
「久しぶりに会った最初のセリフがそれか? まったく、アッちゃんは相変わらずだな」
 馬場は苦笑いをしながら薄くなった頭をさする。
「呼び出しを受ける前に少し聞いたが、丸武建設絡みの大事な用件ってなんなんだ? まさか、また談合でもしやがったのか?」
「ん~、ちょっとね。芳しくない出来事が起こってるみたい。尊い命が危機に陥っているって感じかな」
「殺人未遂事件? それとも監禁か?」
「監禁は微妙に当たってるかもしれない。厳重に封鎖されているみたいだし」
「よし! すぐに状況確認だ。犯人の目星や数はどこまで掴んでる?」
「とり囲んでいるのは丸武建設だけど、バックは国かな」
 晶のセリフに馬場は言葉を失う。
「おいおい、国って、俺のような一介の刑事ごときがどうにかできる事件なのか?」
「う~ん、多分どうにかなるっしょ。おっちゃん、先の事件で丸武建設には顔が利くんでしょ? だったらあたしの言う通りしてくれたら、必ずうまくいく」
 晶の自信満々な表情に馬場は渋い顔をする。
「まぁ、アッちゃんがそう言うのなら大丈夫なんだろうが、いまいち事件の全貌が見えてこないな」
「とにかく今は時間がないから早く車出して。話は丸武建設に向いながらするから」
「了解」
 馬場は納得できない面持ちでアクセルを踏み込んだ。


10月29日(土)AM11:45。
 丸武建設の駐車場に車を停め、晶と馬場は社内のロビーに足を踏み入れる。中堅どころの建設会社ということもあり、フロアは綺麗なつくりをしていた。
 馬場が受付でアポをとっている間に晶は会社のパンフレットに目を通す。業務内容には工事関係の他に運送や建設機具のレンタルもしているようだ。
 会長による社訓が本人の写真とともに最初のページに書いてあるが、思った通り身内の名前が表記してある。パンフレットを黙読しているところに馬場が話しかけてる。
「今連絡を取ってもらった。すぐに来るそうだ」
「当然の反応でしょ。きっと警察のことがまだ怖いんだよ。山崎は先の事件で罪を免れたメンバーの一人なんだし」
「うむ。一年前は罪が軽く不起訴にはなったが、丸武と黒田両方に繋りがあったヤツだ、叩けばいろんなほこりが出る。協力要請の口実はいくらでもある」
「頼むよおっちゃん。おっちゃんの腕に尊い命がかかってるんだから。今回は犯人の追及より安全確保優先で進めなきゃ」
「ああ、分かってる。アッちゃんの友達が監禁されているんだ。ベストを尽くすさ。それより、今回の事件は疑問だらけだ。まずなぜ犯人はアッちゃんの携帯に連絡を入れてきたんだ? こういう事件の場合、まず家族に連絡がいくもんなんだが」
「それは分からない。単純にアタシが彼女の親友だからって線もなくもないけど、平凡な女子高生に桜の木の移転を要求するなんてちょっと筋が違う。ゆえに、アタシを苦しめるための事件か、またはアタシが持つおっちゃん達とかのバックの繋がりを知る人物の仕業かもしれない」
 晶は全く顔色を変えず、作り話を平然と話す。
「アッちゃん狙いだとすると、それは根が深いな。アッちゃんの推理で痛い目を見た公務員も結構いたからな。なるほど、だから今回の事件のバックが国絡みかもと推理したんだな?」
「まあね。でもそれだと自業自得だし逆恨みする方が筋違い。だけど、有り得なくも無いところが今の世の中の怖いところだったりする今日この頃……」
 真剣な馬場とは対照的に、晶は暇そうに駐車場を見ながら馬場を適当な作り話であしらう。
「とにかく、あたしは今回見習刑事役で補佐するから適当に話合わせて。あっ、今こっちに向って来てる、ひょろっとしたヤツが山崎だね。写真と同じで貧相な顔してる」
 晶の感想通り山崎は初っ端からオドオドした態度で二人に近寄ってくる。七三分けの髪型に色白でいかにも貧弱そうな雰囲気をかもし出していた。
「あの、お待たせしました。私が山崎です。あの、今日はどのようなご用件で……」
 山崎の態度とは正反対に、警察手帳を見せながら馬場は力強い声と態度で応える。
「馬場です。単刀直入に言う。今日来たのは事件の話だ」
 山崎は予想通りの反応をしオドオドレベルが上昇している。資料では三十代後半となっているが、緊張と容姿からか四十代後半にしか見えない。
「山崎さんの立場もあるだろうから、どこか外で話そうか?」
 馬場の半分強制ともとれる意見に山崎は黙ってうなずいた。


10月29日(土)PM12:05
 丸武建設からかなり離れた場所の喫茶店で三人は座っている。山崎はここまで終始不安そうな顔をしていた。
「まぁ、なんだ。山崎さん。一年前の事件は前丸武会長と黒田の出来事が大きく取り沙汰されて、下っ端へのお咎めは事実上黙認という形になった。本来なら軽い行政処分だけじゃなく事件に関わった下っ端もしょっ引くこともできたんだが、各方面に迷惑がかかるということもあってな。その辺は山崎さんも御理解されていると思うが?」
 馬場の決めつけたセリフに山崎は黙っている。
「前回の取り調べでは事件の関与についてすべて否認してたようだが、山崎さんが丸武と黒田のパイプ役を僅少な期間ながら代理していたことは、パソコンのログから明白なんだよ。山崎さん、協力して頂けませんかね?」
 馬場の強制力のある優しいセリフに山崎はやっと口をひらく。
「何が目的なんですか? まさか刑事さんが強迫なんて違法行為でしょ?」
「山崎さんは勘違いなさっている。私たちが望んでいることはあくまで捜査協力です。強迫なんてとんでもない」
「捜査協力とは?」
「実は……」
 馬場が発言しかける前に晶が割って入る。
「実はある方が監禁されて動けない状態にあるんです。丸武建設さんには直接関係のない事件なのですが、間接的には関わっていて、今回山崎さんの協力要請という運びになったのです。本来このような要請は会社を通してオープンに行うのが通例なんですが、今回は丸武建設さんも少し絡んでおり、尚且つ監禁という性質上オープンにはできなかったのです。山崎さんは先の事件において嫌疑を掛けられ、事件後一番おとなしくしておられた人物。つまり、丸武建設内において今回の監禁事件に関わっている可能性が一番低い人物と言えます。ゆえに今回の捜査協力で山崎さんに白羽の矢が立った訳なんです」
 晶のまくし立てる説明に山崎はただうなずくしかない。
「山崎さんは、事件の話と聞いてすぐに一年前の事件を連想されたみたいですが、今回のお話は全くの別件なのです。しかも、今回の捜査協力いかんにより、警察の山崎さんへの評価は変わってくることは間違いないし、前回の件を不問にすることもやぶさかではありません」
 晶のセリフで自分への捜査でないと理解した山崎は、うってかわって表情が明るくなる。
「そうだったんですか。それなら喜んで協力させて頂きますよ! 何でも言って下さい!」
 山崎のやる気満々な言葉に晶は内心ほくそ笑む。アイコンタクトで馬場への説明を促すと晶は注文していたレアチーズケーキに手をつけ始める。
「山崎さんにそう言ってもらえると助かる。犯人側の要望を叶えるためには山崎さんの力がどうしても必要なんだよ。分かっているとは思うが、今までの話やこれから話す内容は山崎さんの胸の内にだけ収めてほしい」
 鋭い目付きで語る馬場に山崎はひたすらうなずく。
「正直こちら側もまだ犯人側の全体像は掴めていない。ただ、最初の要求は山崎さんの力があればそんなに難しいものではない。ある地方の桜の木を移転させるというだけの要求だからな。犯人側の真意は分からないが、この要求を明日までに遂行しなければならない。やってくれるか?」
「桜の木の移転ですか。実際の規模や場所を見てみないと判断はできませんが、機材と人員がある程度揃えばどうにかなるでしょう」
 晶は山崎の回答を見透かしたように、茶封筒から桜の木の場所やデータの書かれてある用紙を差し出す。無言で用紙を受け取ると山崎は内容に目を通し始める。
「この大きさなら、一日で掘り出して再び植樹することができますね。ただ、池田町までの機材を運ぶ時間を考えると日曜日までというのはギリギリかもしれません。作業自体はどうにかなるんですが……」
 うなる山崎に晶が神妙な面持ちで一枚の紙を差し出す。
「山崎さん。これを見て頂けます? 良かったら差し上げますから」
 山崎は資料の追加と判断し手に取るが、その紙のタイトルには『丸武会長との通話記録』と書かれてある。そこには日付と時間だけでなく、どこから掛けたのかまで詳しく羅列されてあり山崎は目を丸くする。
「できますよね? 明日までに?」
 晶の優しく半強制的な問いかけに、山崎は首をゆっくり縦にふる。馬場は晶の切り札を出すタイミングに溜め息をついて苦笑した。

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