repeat
第15話
10月30日(日)AM8:30。
槍方村のバス亭を降りると彩花が出迎えている。連日に渡る陽気な気候のせいか今日の彩花はシースルーのワンピース姿をしていた。
「おはようございます。真さん」
「おはよう小林さん。リピートはしなかったみたいだね」
「はい、きっと晶の作戦が順調に進んでいる証拠なんでしょうね。ところで、晶はいつ来るんですか? てっきり真さんと一緒に来られるかと思ってたのに」
「晶はまだやることがあるらしい。桜の木の移転が終わるまでには来ると言ってたけどね」
「そうなんですか。でもなんか建設会社みたいな人たちは朝一から作業してるみたいですよ。昨日の時点でパワーシャベルも待機してたみたいですし。半日で建設会社を動かすなんて、晶どんなマジック使ったんでしょう?」
「う~ん、詳しいことは僕も分からないけど、真っ当な方法じゃないのは確かだと思うよ。建設会社は基本的に日曜日は動かないはずだからね。その辺は聞かない方がいいと思う。知らぬが仏ってヤツだ」
「わ、分かりました。なんか晶って得体の知れない人物ですね」
「そうだな。知らない人から見たら変わっていると思うかもしれないね。破天荒を地で行くタイプだし。でも……」
「でも?」
「あいつの行動の根本には揺るぎない正義の心がある。普通の人なら迷ったり考えたりする場面でも、晶はいつもきっぱりと自分の信じる道を選べるヤツなんだよ。その過程や結果を周りが見たとき、少し疑問を感じることはあるかもしれないけど、だいたいは良い方向に収まっている。ま、ちょっと変わった正義のヒーローってところかな」
真は二人で解決してきた過去の事件を顧みながら少し嬉しそうに言う。
「真さんの言っていること、なんとなく分かります。何も考えてないようで、すごい先まで読んでたり、変な行動かと思ったら、ちゃんと裏付けがあったり、つかみどころがないんですよね。でも、心に強い芯を持っている。私ではとても敵いませんね……」
彩花は少し寂しそうな顔をする。
「晶には僕も敵わないよ。なかなかいない珍しいタイプだからね」
「そうですね」
「じゃあその変な晶からの伝言を伝えるよ。今日は一日実家にこもって、外出はしないでほしいとのことだ。そして、晶から連絡があったらその指定の場所に現れてもらう。そこで重要なことは、晶の話しに合わせるということ」
「どういうことですか?」
「僕も詳しくは分からない。端的に言えば、現れてもらう場所に僕を含めいろんな人がいて話しかけられたとしても、必ず晶の話しに合わせそれ以外の人からの質問はできるだけ聞き流すということだと思う。そして、聞かれて応える言葉も『大丈夫』『分かりません』をメインに応える。その使い分けは話の流れで小林さんが判断する、って感じだね」
「なんか難しいですね」
「基本的に晶の話に合わせておけば問題ない。晶がちゃんとフォローしてくれるから大丈夫。桜の木の移転は僕が見届けるように言われているから、小林さんは晶の指示通り実家に待機しといてくれるかい」
「分かりました」
彩花は真の言葉に素直に従いトボトボ集落の方へ歩いて行く。その姿を見送ると真は携帯電話を取り出しリダイヤルボタンを押した。
10月30日(日)PM4:30。
槍方村と小手川村の中間辺りにある広い敷地で、丸武建設の社員が作業をしている。機材が激しいエンジン音を奏でる中、植樹される様子を真は一人見守る。植樹されているこの場所は周りにこれと言った建造物もなく、例の公共事業からも遠く外れ、自然災害からも無縁であろう。
移転先も晶からの細かい指示があり、村と村の中間辺りで尚且つその場所に植樹されることで誰の利益にもならないことが条件となっていた。
順調に植樹が進み終わりかけた頃に、見たことのあるワゴンRが真の前で停まる。運転席からは頭の毛が薄い見覚えのあるおっさんが降りて来る。
「お、やっぱり監視役は真君だったか。久しぶりだな」
「ご無沙汰してます、馬場さん」
「真君もアッちゃんにいつも巻き込まれて大変だな。木の移転はもう終わったか?」
「そろそろ終わるところですね。後は土をかぶせるだけみたいですから」
「なるほど、順調のようだな」
納得しながら作業を見守る真と馬場に晶が話しかけてくる。手にはソフトクリームが握られている。
「桜の木を移転できたのは、おっちゃんのお陰だし、ホント感謝してる。真からもお礼言っときなよ?」
ソフトクリームを舐めながら晶は説得力のないセリフを真にぶつける。
「馬場さんまで巻き込んでしまい、すいませんでした。今回は助かりました」
「二人には一年前の事件で大きな借りを作ったからな、これくらいはどうってことないさ。それに今回の事件も刑事として見過ごせやしないしな」
「馬場さんって結構律義なんですね。こんな変わった出来事にも真剣に取り組むなんて」
「そりゃそうだろ。今回の事件の被害者は晶の友達でもある。事件解決のために全力を尽くすのは刑事として当然さ」
馬場のセリフに真は感心したようにうなずく。そこへ晶が割って話しかけてくる。
「久しぶりに会った挨拶はその辺にしといてさ、ちょっと桜の木でも見てみない? せっかくこうやって無事移転できたんだし、頑張った山崎にも一声かけなきゃ申し訳ないっしょ」
「うむ。山崎には今後の展開によっては、また協力してもらうかもしれんからな」
「でしょ? あ、真はここで待ってて。真がいると話がややこしくなる可能性があるから」
「ん? ああ、分かった。でも、無茶するなよ」
「真に心配されるほど落ちぶれてないって」
晶は舌をベッと出して桜の木の方へ向かう。晶の相変わらずの態度に真は溜め息をつく。
晶と馬場が桜の木に近付いて行くと、その姿を見つけた山崎が小走りで駆け寄ってくる。
「作業は順調のようですね、山崎さん」
馬場は植樹された桜の木を見上げながら山崎に語る。
「ええ、ご覧のとおりもう終わります。今日中という要求は無事完遂ですよ」
植樹の完了を目前に山崎は安堵している。
「しかし、これで被害者が解放されるかどうかはまだ分からない。もしまた山崎さんの力を借りようなことになった場合は頼む」
「分かりました。私にできることがあればなんなりと申して下さい。事件解決に力を貸しますよ」
「捜査協力に感謝する。山崎さんの今回の働きはしっかり伝えておくよ。では私たちはこれで」
山崎に礼を述べ立ち去ろうとする馬場に、晶が割って入りトドメの一言を差す。
「あ、言い忘れてましたけど、今回の工事に掛かる費用は山崎さん個人の負担ということでお願いしますね?」