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第16話

10月30日(日)PM5:00。
 植樹を終えた作業員がトラックで立ち去るのを真と馬場は見送る。移動や採掘で使った機材は後日回収に来るらしく木の片隅にそのまま置かれてあった。
 晶は道べりに座って移転された桜の木をボーッと眺めている。作業がすべて終わった静寂の中、沈みかけた夕日が焼けるような赤色で桜の木を照らす。その姿はとても大きく、周りに広大な影を落としていた。その静寂を打ち破るかのように、晶の携帯電話が突然鳴る。
「ちょっと、おっちゃん!」
 車の前で真と話し込んでいる馬場を晶は手招きして呼び付ける。
「どうした?」
「新しいメールがきた。見てみて」
 携帯の液晶画面には『駅前にて開放』とだけ書かれてある。
「駅前に開放だと? これだけじゃ確かめようがないじゃないか」
「甘いね、おっちゃん。さっき済んだばかりの桜の木の移転を確認できて尚且つ近くの駅と言ったら?」
「池田駅か!」
「多分ね。急いで確認しに行こう。彩花の安全を確認して確保しなきゃ」
「分かった! 真君、被害者が開放されたみたいだ! 急ぐぞ! 車に乗ってくれ」
 馬場のセリフに真は首をかしげるが、勢いに押されて急いで車の後部座席に乗る。晶も真に続き後部座席に乗りすぐさま携帯電話を開く。
「なあ、晶。さっきから被害者って単語をよく聞くが、なんのことだ?」
「後ですべて話すから、今は状況を見て適切に判断して。言ってる意味、分かるでしょ?」
 晶は真剣なまなざしで意味深な言葉を言う。その態度に真は黙って頷く。
「後、ちょっとこの画面見てくれる?」
 晶の差し出した画面には、
『真の携帯から、彩花に池田駅前に来てもらうようにメールを送って。おっちゃんには内密に』
 と、書かれてある。内容を確認すると真は黙って携帯電話を取り出してメールを打ち始めた。


10月30日(日)AM5:45。
「駅周辺はあらかた探し終えた。そっちはどうだ?」
 馬場は汗をかきながら駅の待合室に帰ってくる。待合室と言ってもドアも区切りもなく、ベンチがあるだけだ。馬場の問いに晶は首を横にふりながらベンチに座って呑気に冷凍ミカンを食べている。
「開放した駅前ってのはここじゃないんじゃないのか?」
「ん~、それはないね。じゃないとこんなに早く桜の木の移転を確認ができた理由が説明できないでしょ?」
 晶は残りのミカンを馬場に手渡し、バスの停留所の方に一人歩いて行く。真はその様子を黙って見守る。しばらくするとバスが到着し、数人の登山者に混じり彩花が降りて来る。
「あ、晶。わざわざ出迎えてくれたの?」
 バスを降りるなり彩花は笑顔で話しかけてくる。真と馬場はベンチでミカンを食べながらその様子を見ている。晶は彩花にウインクをしてから真たちの方に向き手招きをする。
「いい彩花、真から聞いたと思うけど、今からあの禿げたおっちゃん……、アタシの親戚で刑事なんだけど、あの人から何か質問されても『大丈夫でした』『分かりません』で切り抜けつつアタシの話にうまく合わせて。よろしく」
 小声でまくしたてる晶に彩花は緊張した面持ちで頷く。
「どうしたアッちゃん? その子は?」
「この子が小林彩花」
「何!? この子が被害者か! 君、怪我はなかったか!」
 馬場の真剣な表情に彩花は一歩引く。
「ちょっとおっちゃん。ただでさえおっちゃんはイカツイ顔してるんだからそんな怖い顔したら彩花が怖がるでしょ?」
「あっ、ああ、すまん。で、小林さん怪我はなかったか?」
「え、ええ、大丈夫です」
「犯人に心当たりはあるか?」
「犯人? い、いえ、分かりません」
「じゃあ犯人の足取りになりそうな特徴や手掛かりは何かないか?」
「いえ、全く分かりません」
「そうか。なら連れ去られた当時の状況を教えてくれないか? 何か分かるかもしれん」
 馬場の質問に彩花は戸惑う。
「あれ? おっちゃんに言わなかったっけ? 『監禁した』とアタシの携帯に連絡があったとき、帰宅途中の八雲商店街で連れ去られたって」
「おいおい、それは初耳だぞ」
「まぁ状況は気になるけど、今は彩花が無事開放されたことの方が大事じゃない? 相手もバカじゃないだろうから、彩花に悟られるような証拠は残さないっしょ?」
「う~ん、真君は何か意見はないか?」
 急に話を振られて真は内心ドキリとする。馬場の協力を得るために、晶が誘拐監禁事件をでっちあげているのを今悟ったからだ。
「ええ、そうですね。馬場さんがおっしゃるように犯人や監禁の動機は確かに気になります。しかし、何の被害や怪我もなく小林さんが帰って来たのならそれが一番なんじゃないでしょうか?」
 真の意見に馬場は納得できないようにうなる。
「真の言う通り。事件のあらましを話したときにも言ったじゃん。今回の事件は犯人を追い詰めるのが目的じゃなく、彩花の安全確保が最優先だって。一応アタシの携帯から相手側のログ辿れると思うから、その辺から追及していくしかないんじゃない?」
 真と晶の両方にいさめられ馬場は考え込む。そこへ晶の丸め込み論述が追い討ちをかける。
「現実に事件は起きた。けれど、彩花が無事に開放された現状で相手側からこれ以上何か要求があるとは考えられない。もしこれ以上の要求を望んでいたとしたら彩花を開放したりはしないからね。だから今回の相手の要求はただ一つ『桜の木を移転させる』ということのみのはず。おっちゃんは刑事だし、事件に関して犯人を捕まえる義務があるのは分かるけど、あたし的には彩花の無事さえ確保できれば問題無しって感じなのよ」
 晶の意見を聞き、真がさらにフォロー意見を出す。
「馬場さんが心配しているのは、犯人が特定されてない今の状況では、再び小林さんが事件に巻き込まれる可能性があるというところですよね?」
「うむ」
「確かに現状でその可能性は否定できないと思います。けれど、晶の言ったように他の要求があれば現時点で小林さんを開放したりはしないと思います。取りあえず、ログから調査をしつつ様子を見るという方向で今はいいんじゃないでしょうか? 小林さんのガードはしばらく僕たちでやりますから、何かあったらすぐさま馬場さんに連絡入れます」
 真の言葉に渋い顔をしていた馬場の表情が崩れる。
「真君がそこまで言うなら彩花さんのガードは二人に任せることにしよう。しかし、犯人側から何か接触があった場合は無茶せず必ず俺を呼ぶんだぞ?」
「ハイハイ、分かってますよ。馬場警部補」
 晶は茶化すように手を上げて馬場に返事をする。現在に至るまで平然と馬場を手玉に取り続けたであろう晶を想像し、真の心臓はずっと高鳴っていた。

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