repeat
第4話
10月27日(木)PM5:25。スタバ内。
「で、緊急の用ってなんだ?」
草加真(くさかまこと)は生徒会の会議中に無理やり呼び出されて機嫌がよろしくない。晶は二皿目のプリンパフェをちょうど食べようとしていた。いつも堂々と会議をサボる様子から、晶には生徒会の役員という自覚はあまりないようだ。
「晶のことだから、きっとまともな話じゃないってことは想像つくけどな」
真は半ば諦めたような口調で言う。
「ご明察、ちょっとした難事件に遭遇しちゃってね、『迷』探偵の真の意見を聞きたくて呼んだの」
「おまえ、今何気に『迷うの方の迷』使ったろ? ったく、で、事件の内容は?」
「とりあえずその子の名前は伏せるけど、うちの高校の女子が遭遇してる話なの。で、その事件の内容は、時間のトラブル」
「時間?」
「彼女とあたしの間ではリピートと呼んでる現象なんだけど。仮に真が今から帰宅して寝るとする。でも次の日目を覚ますとまた木曜日なの」
「はぁ?」
「はぁ? はあたしも一緒だよ。信じられないかもしれないけど、本当みたい」
「う~ん、状況が掴めない。分かりやすく説明してくれ」
晶は今日の出来事を説明したあと、彩花からもらったメモ用紙を真に見せる。彩花の名前の部分は黒く塗りつぶされていて、個人情報が書かれてある四枚目は晶が持っている。真剣にメモ用紙を読む真をよそに、晶はパフェの残りを丹念にすくって食べている。
「このリピートしていると言っている彼女が、晶を騙そうとしている可能性は?」
「あたしも最初にそれを考えた。けど、一回目の月曜日と一回目の木曜日のあたしのどちらかが、あたしの緊急用の携帯番号を彼女に教えてるの。あたしが信用してない人にあの番号を教えるなんてありえない」
「なるほど、そういう状況証拠があったのか。あの番号を知っているのは校内でも僕だけだしな。フードの話や廊下の件だけだと、協力者や演技も考えられるが、晶の緊急番号を知っているのは大きいな」
「この携帯には常にロックがかけてあるから、あたしが見てないときにこっそり見るなんてこともできない。廊下のときの件も、周りにはあたしと彼女以外に誰もいなかった。予め未来を知ってないとできない避け方だったと思う」
「なら、これは事実の可能性が高いと?」
「おそらくね。そして、今夜またリピートしてしまうと、彼女の中ではまた木曜日が繰り返され振り出しに戻る」
「リピートされる彼女は、晶とのやりとりや記憶が増えていくが、晶の中では常に記憶がリセットされてスタートに戻されるとも表現できるな」
「そう、だから彼女がリピートして、彼女との記憶がないあたしと会って再び推理がスタートしたとき、どれだけあたしの推理を彼女に伝えられているかが重要になる。一回目の月曜日と木曜日のあたしもそこそこアドバイスして推理をここまで推し進めてきたけど、リピートを解決し推理するには、推理を彼女に受け継いでもらうしか手はないかもしれない」
「彼女に協力できるのは常に『今だけ』と考えて推理をし、本人によってその推理を先に進めてもらうしかないってことか」
「そゆこと。今までのデータだと、リピート解決のために協力者が現れた日にちは、まるでそれを取り除くかのようにリピートして推理を妨げてる。概要6の逆推理から、自分の方から協力者を求めなければリピートする確率は低くなるかもしれないと一回目の月曜日のあたしは推理したみたいだけど、結局木曜日はリピートした。だから今日もリピートすると考えた方がいい。あたしの今の推理だと、リピートは協力者を否定する」
「ホントに難事件じゃないか……」
真は耳たぶをさすりながら考え込んでいる。問題の難解さを切実に実感したらしい。晶は食べ終えたプリンパフェの代わりにティラミスとモンブランを買ってきてもくもくと食べている。
(相変わらずよく食べるヤツだな。それはともかく、このリピートとはどういうことなんだろうか。普通に考えたらありえない現象だ。何かの目的で晶をハメようとしていると考える方がしっくりくる。しかし、超常現象の類いは個人的にも体験済みだし、可能性がゼロとは言い切れない。何より晶が本人を見て感じて推理し、本当だというのだからまず事実だろう。だとすると、リピートを具体的にどう解決させるかを真剣に考えるのみ、か。う~ん……)
真は耳たぶをさすりながら考え続ける。対照的に晶は店内から見える人波をボーッと観察している。この時間帯は学生とサラリーマンの帰宅ラッシュで駅前は混雑している。
(リピートに関して、まず彼女の視点から考えると、リピートをすると当日の出来事がすべてリセットされて、また同じ日を強要されるということになる。それとは逆に、彼女から話を聞かされてリピートという事実を知った第三者は、その事実を受けたまま未来に進むと考えることができる。しかし、そう考えるとリピートする度に無数の未来が生まれていることになる。仮に一回目の月曜日の晶と彼女を本筋として考えた場合で、リピートせずに火曜日を迎えたとする。すると晶と彼女は前日の記憶を引き継いだまま会うことになり、リピート対策が一気に進みやすくなるだろう。しかし、実際は一回目の月曜日はリピートによりリセットされ二回目の月曜日に突入した。ここで疑問に思うのが、リセットされてしまった一回目の月曜日はどこへ進みどう解釈すればいいのかということだ)
注文したモカには手を付けず真は思考タイムに入っている。晶は真が考えるのをのんびり待つ。
(考えられるパターンはいくつかあるが、一つは、彼女がこの世から消えてしまうというパターン。これはリピートという現象で一回目の月曜日に流れていた世界から彼女は消え、二回目の月曜日という新しい世界が構築されその世界へ飛んだというふうな考えになる。考えるまでもなく、今までリピートされた回数分のパラレルワールドが存在し、現段階が最新の世界であり本筋となる。二つ目は、彼女が消えないパターン。これだと晶も彼女も一回目の月曜日の記憶を持ったまま火曜日へ進むということになる。このパターンだと、記憶を持つ晶がリピートの謎を解決させるだろう。しかし、どちらのパターンにせよ、リピートによりリセットされたこれらのパラレルワールドは、僕らの知りえない世界で未来を構築しているということか)
ずっと黙って考えごとをする真に痺れを切らして晶が話しかける。
「ねぇ、今何考えてるの?」
「ん、ああ悪い。ちょっと頭がこんがらがっててな。過去や未来を考えていると、なかなか考えが定まらないし疑問ばかりが浮かんでくる」
「具体的に疑問って何よ?」
「リピートによりリセットされた世界をどう解釈するか、とかな」
「は? もしかして、真ってアフォ?」
「むっ、何でアフォなんだよ」
「だって、そんなもん考えたって無駄じゃん。一番の問題はリピートを解決させることなんだよ? リピートによりリセットされた世界なんて、あたしたちには関係ないんだから、ぶっちゃけどうでもいいじゃん」
「うっ……」
「真のことだから、『彼女が今日リピートしたら、明日の彼女の存在はどういう状況になるんだろう?』ってとこからスタートしたんでしょ? でも、そんなこと今考えたって無駄。明日彼女が消えてしまうのならそれはそれ。逆に現れてくれたら事件を解決し易くなる。リセットされた月曜日と木曜日がどうなったのか、それは知りようがないんだから考えるだけ無駄なのよ。OK?」
「言われてみれば納得だな。しかし、状況によっては今のこの話し合い自体リセットされて無駄になりかねない。何か策はあるのか?」
「それを考えてほしくて呼んだの。ちゃんと考えてよ?」
「へいへい」
真は溜め息をついてもう一回メモ用紙を見返す。リピートの内容の欄外には、晶の文字で追加情報が書かれてある。
(一回目月曜日の出会いの原因は、支柱の転倒による女の子の怪我。リピート後は傷が治
る、か……)
「なぁ、晶。傷が治るっていうのは言葉通りに考えていいのか?」
「うん、仮に事故で骨折しててもリピートすれば、事故当日の朝に戻るから当然傷も治ってる。治ってるという表現は適当ではないだろうけどね」
「そうか。なら、こんな仮説はどうだ? 彼女に危険が迫ったときや、現実に危険な目に遭ったとき、その危険を避けるためにリピートが発動される」
「その仮説だと、何もなかった火曜・水曜が説明できない。リピートが始まってこの一ヵ月でかなりの回数リピートしてるんだよ? どれだけ危険な目に遭ってるの? って話になる」
「だよな」
「でも、その観点は面白いかも。リピートが、彼女を守るためにあるのか、彼女を陥れるためにあるのか。基本的なスタンスを確かめるために考える価値はある」
晶は真からメモ用紙を取り上げて彩花の行動パターンを注意深く読み直す。
「ねぇ、真。連休開けのリピート×4と体育の日のリピート×3は多過ぎない?」
「確かに多いな。共通点は何かあるか?」
「連休開けと連休最終日、強いて挙げるなら連休繋りくらいかな」
「連休か。しかし、それだけで原因を絞り込むことはできそうにないな。もっと具体的な何かがほしい。最初のリピートについて彼女は何か言ってなったか?」
「ううん、事件・事故を含めこれといったことはなかったみたい。あっ、そういえば追加項目に書き忘れてたけど、一番最初のリピート前日にお墓参りに行ったとか言ってたかな」
「お墓参り」
お墓参りという言葉に、真の脳裏に前回の事件が甦る。
(事件解決の報告のために行った墓参り。あのときを最後に天野さんの姿は見ていない。思うに、霊となってまで事件を解決しようとした天野さんとの出来事がなければ、今回の不思議な話も信じられなかったかもしれない。そして、晶と知り合うこともなかったし、こうやって何かの問題に立ち向かったりはしなかっただろう)
今更ながら真は人の出会いの不思議を感じる。
「墓参りの次の日からリピートしてるって言ってるのなら、墓参りに謎を解く鍵が隠れてるんじゃないのか? リピート解決には原因をつき止めるのが第一だと思うし」
「ん、確かにリピートの原因をつき止めるのは解決の早道だし大前提だと思う。けれど、今回は簡単にそこへは辿り着けない気がする。普通の事件なら原因究明はセオリーだけど、リピートによるリセットがある以上、今は外郭から攻めるのがベターだと思う」
「外郭か。で、その為の具体的な策は?」
「あったら言ってるって。真こそ何かないの?」
「下らないことなら一つだけ思い付いてるよ。多分やっても意味はないと思うけどな」
「どんなこと?」
冷めきったモカを一口飲んでから、真は自嘲気味に作戦を語り出した。