クールな御曹司にさらわれました
「あなたが解放してくれれば、私はあなたの知らないところでひとりで幸せになります」

私の宣言に尊さんは再び唇を結んだ。一度ぎゅっと瞑られた目が、ぱっと開く。

「わかった。婚約は諦める。交際も棚上げする」

棚上げって……まだ強気に言う気かしら。
私は尊さんの表情をまじまじと伺い、本心を探ろうとする。

「同居も終わりだ。元のアパートに戻っていい」

はっきり言い切った後、尊さんが思いのほか弱々しい声で続けた。

「ただ、……俺の前からいなくなるのはやめてほしい。心配するし……あと……逃げられるのは苦しい」

まさかそんな言葉が降ってくると思わず私は狼狽した。

「付き合わなくていい。友人のひとりでいい。ごく稀に……タマの都合がいいときに、一緒に食事をしてほしい……。おまえさえよければ、またピクニックに連れ出してほしい……」

「尊さん、私は……」

「タマといると、楽しいんだ……。だから」

この人はたぶん、生まれて初めて、他人にすがろうとしている。そして、すがり方がわからなくて、こんな仏頂面に細い声で言うのだ。

「できれば……嫌わないでほしい……。他に好きな男ができたなら、身を引こう。……ただ、それまでもう少し……俺の友人でいてほしい」

尊さんが真剣に伝えてくれる。
そのことが震えるほどに嬉しい。離れると決めたはずなのに、心がぐらぐらと揺れる。
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