クールな御曹司にさらわれました
好きな気持ちを自覚しておいて、逃げだそうとしている私はずるいのだ。
怒りをぶつけることすら放棄して、この温かな気持ちをなかったことにしようとしている。
今にも泣きだしそうに嬉しいくせに。

「あの、尊さん……」

私の声にかぶさるように、男性の声がかぶさってきた。

「社長!」

私たちが振り向くと改札から駆けてくるスーツの男性がひとり。尊さんの部下だろうけれど、随分焦った様子だ。

「御母堂が、倒れられました。現在、帝東病院で治療中とのことです」

「母が?」

「お母さんが!?」

私と尊さんの声が重なった。

尊さんのお母さんは、心臓に持病がある。療養しているから、最近は調子も悪くないと言っていたのに……。

もしかして、私の逃走事件のせい?
いや、絶対そうだ!心労がお母さんの身体にいいわけがない。

「行きましょう、尊さん!いえ、私も連れて行ってください!」

私は彼の腕にしがみつき、必死に言った。

「お願いします!」

お母さんに謝らなければ。そして、安心させてあげなければならない。
そのためには、追いかけっこなんかしている場合じゃないよ!

「わかった!行こう!」

私たちがヘリで離陸し、都内の病院に向かったのはそれから間もなくのことだった。




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