クールな御曹司にさらわれました
尊さんが振り向かずに言った。

「本音で話すということは、おまえの前では割としていたつもりだ」

コンクリの手すりに触れる尊さんの大きな手。

「タマは俺が出会った中で、数少ない本音で話せる生物だからな」

「生物って……言い方」

尊さんはどうやら、ここできちんと話し合うつもりのようだ。
本音を話す。それなら、私にも必要なことだ。

私は尊さんの横に並び、新宿のビル群を眺めた。東京の空は曇っていた。

「馬鹿にしているつもりはないぞ。父親からタマに行きついたとき、苦労しているなと思った。利用しようと思ったのが一番だが、嫁入りの世話をしてやろうと思いついたのは、我ながらなかなか気が利いていると思った」

「あのね、尊さん。善意ズレてますからね」

「そうなのか」

「ええそうです」

そういうところが変なんだってこの人は気付いていない。
わずかに黙ってから、尊さんが口を開いた。

「好きになってしまうなんて思わなかった」

私も夢にも思わなかった。誘拐犯の御曹司に恋される結末なんて。

「気づいたら、おまえといる毎日が楽しかった。食事のときに顔を見ると安心するし、何かにつけ出来の悪いおまえは可愛い生徒だった。いずれ嫁がせる手駒だと思うと嫌な気持ちになった」

尊さんの言葉は朴訥で、思いついたまま喋っているだろうことがうかがえた。
私は黙ってその言葉を聞く。

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