ifの奇跡
彼を見送るために、一応玄関までついて行く。

靴を履き家を出る彼の背中に向かって笑顔で声をかけた。


「行ってらっしゃい」


彼の返事はドアが閉まる音に邪魔をされてよく聞こえないまま…階段を降りていく彼の足音が遠ざかって行く。


「…はぁーー」


いつものように1人取り残された空間に虚しいため息が一つ溢れ落ちて行った。

ここは彼の会社の社宅で結婚以来、ずっとここに住んでいる。

彼は社宅の目の前にあるバス停から会社のバスに乗るために、毎朝7時25分には家を出ていく。

彼が出て行って直ぐに今度は社宅に住む小学生達の賑やかな声が聞こえてくる。

ちょうど7時30分が登校班の集合時間なのだろう。

30分を過ぎると子供達の声は聞こえなくなり、また静かな朝がやってくる。

ランドセルに黄色いカバーを付けた一年生の後ろ姿を窓から見送りながら、心の中に悲しい記憶が蘇ってきた。


あの子が無事に産まれていたら、今年でもう一年生になる7歳…


もうあれから….それだけの時間が流れているのだ。

今はもうそこにはいないのに…無意識に自分のお腹を撫でていた。
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