ifの奇跡
翌日、冬吾のおかげである程度の荷物も片付けることができた。

そして今日は大晦日の時間は午後3時を過ぎたところ…。

もう……そろそろ冬吾も東京に帰さなきゃいけない。


「あぁ……帰りたくねぇな…俺もここで莉子と暮らそうかな。」


ポツリと無意識に溢れてしまったのか冬吾が言った。


「気持ちだけ受け取っとく。今…温かいコーヒーでも入れるね。」

「おお…ありがとう。」


このコーヒーを飲んだら…笑顔で、冬吾を見送ろう。

そんな私の思いを冬吾も感じていたんだと思う。

猫舌ではない筈の彼は、なかなかそのコーヒーに口を付けようとはしなかった。


「コーヒー、冷めちゃうよ…。もう1回、入れ直そうか?」

「………大丈夫。このままでいいよ…。」


もう冷めてしまったそのコーヒーを手に取ると、覚悟を決めたかの様に一度に飲み干した。

空になったカップがテーブルの上に置かれた…。

2人の間を流れるこの静かな空気が、ほんの少しのバランスが崩れるだけで脆く崩れていく…。


言いたい事はお互いにいっぱいあるはずなのに、今はどれも言葉にする事ができなかった。

溢れそうになる涙を冬吾の前で見せない様にするのが精一杯で…。

静かに席を立った冬吾が、仏間に入っていった。

お仏壇で父の写真に手を合わせる冬吾の姿を見て我慢していた涙を抑えられなくなった私は、彼に背を向け先に部屋から飛び出した。
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