不思議な眼鏡くん
突然話を振られた響は立ち尽くす。
それから「できません」とかなり強く拒否をした。

「身長も体型も十分なんだけどな。女の子を引き立てる役なんだ。ちょっとウォーキングを練習してもらったら、しのげるかも」
舞台監督は乗り気になっている。

「無理です」
響は態度を変えない。むしろ硬化させている。

「試しに髪やってもらって、歩いてみろ」
芝塚課長が言った。

「俺、そんなこと、したことないですし」
「わかってるって。歩き方は教えられるから、やってくれ」
「嫌です。それ、営業の仕事ですか?」

咲は思わず響の腕を強く掴んだ。周囲に緊張が走る。

「仕事よ」
メガネの奥の、響の瞳を睨んだ。

「このブランドを『売る』の! そのためには、できることはなんでもやる。努力する。それが営業っていう仕事でしょうっ。甘いこと、言ってるんじゃないわよっ」

シンとその場が鎮まりかえる。

「するの? しないの? 努力しないやつは、うちのチームにいらないわ」

「……わかりました」
響は頷いた。

咲は掴んだ手を離す。

「すぐ、練習して。芝塚課長、お願いします」

芝塚課長が感心したような笑みを見せ「行くぞ」と響を連れて行った。

ほっとした空気が流れる。

「こわ〜、お前」
樹が声をあげた。

「久しぶりに見ました。こんな鈴木主任。最近、すごく柔らかかったから、ちょっとびっくりです」
ちづも身を縮めた。

「ごめんね、みんな」
咲は笑顔でそう言うと、背を向け歩き出した。

腹が立っていた。俺は関係ないと言わんばかりのあの無表情が許せなかった。

本当は、すごく魅力的な笑顔を見せるのに。メガネをとって、前髪をあげれば、人を魅了することができる才があるのに。あの人しかできないって言ってるのに。

努力しないって、言い放つ、あの人に、無性に腹が立っていた。
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