不思議な眼鏡くん
寝不足だし疲れていたけれど、不思議と仕事に集中できた。誰かに必要とされ、認められている安心感。長い間空洞だった咲のなかは、今、暖かな何かで満たされている。
これを、充実しているって、言うんだろうか。
ファッションショー明けは忙しい。ショーの反響を見ながら、次にどうやって売っていくかを考えるのだ。
打ち合わせのため、チームで営業部奥の会議室に移動する。ショーの資料を抱えて、樹の後ろから部屋に入ろうとしたとき「なんだこれ」と声がした。
樹が部屋を見ながら「片付けとけよ」と怒る。ひょいと脇から部屋を覗くと、中は嵐が過ぎた後のような有様。
椅子は倒され、中央の長机はめちゃくちゃになっている。
「あ」
咲はちっちゃく声を出した。
慌てて部屋の中に入り、倒れた椅子を起こす。ちづも続いて片付けに参加した。
「激しいな、これ」
机を元に戻しながら、響がぼそっとつぶやく。
ああもう……。ちょこちょこつついてくるの、やめてほしい。顔に出さないようにするの、大変なんだから。
「ここでプロレスでもしたみたいだ」
樹が困惑して言った。
「ごめ……」
つい咲は謝りそうになって、はっと口をつぐむ。ちらっと響を見ると、口元が笑っていた。
あいつめ。
昨日愛し合った机の上に資料を広げて、会議をスタートさせる。
これはどんな拷問?
会議中、咲は声が上擦らないよう、咳払いばかりしてしまった。