不思議な眼鏡くん
「なんでアパレル業界に入ろうと思ったの?」
「なんとなく、です」
「仕事をしてて、困ったことはある?」
「ないですけど」
「仕事、楽しい?」
「普通ですね」

咲の中にある質問の引き出しを全部開けたけれど、手ごたえはゼロ。一向に会話が続かない。

和風居酒屋のカウンター席に並んで座った。響は日本酒を黙々と飲み続けている。お酒は強いらしい。どんなに飲んでも顔が変わらない。

一方咲は、気まずい沈黙が流れると、思わずグラスに口をつけてしまう。あっという間に酔いが回ってしまった。

響よりも先に倒れるわけにはいかない。咲は主任で上司。信頼できる関係を築かなくちゃいけないのに。

咲は思わずため息をついた。

響が、咲のちょっと潤んだ瞳を見ている。

「田中くんって、普段もこんな感じなの?」
「……こんな感じって?」
「そうね、無関心っていうか……あ、言葉間違えちゃった。違う、否定したいわけじゃなくてね」
酔いのせいか、うまく言葉もでてこない。

咲は悟った。
この飲みの席は、完全に失敗だ。

「どんな人なのか、見えないっていうか。ほら、趣味とかないのかなあって」

会社でどんなに気を張っていても、こんなにグダグダの様子を見せてしまってはダメだ。わかっているのに、うまく自分をコントロールできない。

なんて、ダメ上司。

焦れば焦るほど、ひどいことになっていく。
「わたしの趣味はね、興味はないと思うけど……」
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