不思議な眼鏡くん
ビルに到着。帰宅を始める会社員の波に逆らって、エレベーターに乗り込んだ。

二人きり。エレベーターの中に、コーヒーのほのかな香りが漂う。

響が咲の冷たくなった手を握った。

「誰か乗ってくるかも」
咲が抗議した。

「そうかも」
響は構わず、身をかがめて咲にキスをする。

「ちょっと……会社」
「そうだね」

またキス。今度は少し深く。

「ねえ、ほんとに、誰かが」
咲は響を手で押しやろうとした。

「エレベーターが止まればいいのに」

響が言った瞬間、エレベーターがガクンと大きく揺れた。

「え!?」

二人で表示を見上げる。
エレベーターは完全にストップしていた。

「ラッキー。まだ二十五階」

咲は驚いた。響の腕をすり抜けて、入り口に駆け寄る。

「故障なの?」
表示を見上げ、不安に陥った。

このまま落ちちゃたら、どうしよう。

緊急のボタンを押そうと手を伸ばす。

「大丈夫」
響が後ろからその手を掴んだ。そのまま引っ張り、響の方を向かせる。

「すぐ直る」
「でも、一応助けを呼んだほうが」
「黙って」

響が咲の唇をふさいだ。
長いキス。

熱い息が絡み合って、咲の膝が抜ける。手からスタバの紙袋が落ちそうになったが、すんでのところで響が紙袋を受け止めた。

響がクスッとわらった。
「セーフ」

ガタンと音がして、再びエレベーターが動き出す。

「あ、よかった」
咲は安堵とともに、いつのまにが響の腕を強く掴んでいたのに気づいた。

あわてて離す。

そろそろ三十二階。扉が開く。

「咲さん」
エレベーターを降りながら響は言った。

「週末、どこかに行こうか」

響が笑う。
「あ、またすごく嬉しそうな顔してる」

咲は恥ずかしくて、反射的にうつむいた。

「どこ行くか、考えといて」
響がそう言ったので、咲はこくんと頷いた。
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