不思議な眼鏡くん
夢みたい。ふわふわして、頭がクラクラする。

水族館を後にして、二人で手をつないでショッピングモールを歩いた。ランチを食べて、今度来るときはプラネタリウムを見ようと話し合った。

わたしは、田中くんと付き合ってるんだ。信じられない。

咲は顔が熱くてたまらなかった。

「これからどうする?」
モールを歩きながら、響が尋ねた。時刻は夕方。

「……もしよければ」
咲は慎重に言葉を選ぶ。「うちに来ない? 夜ご飯は、わたしが作るから」

「やった。いいの?」
響の顔全体がぱあっと明るくなる。

「うん」
咲は頷いて「食材を買って帰ろう。何食べたい?」
「じゃあ……」
響が考えるように首をかしげたとき「おっ?」という声が後ろから聞こえてきた。

振り返ると、芝塚課長の心底びっくりした顔が目に飛び込んできた。

「課長!」
咲はとっさに響の手を振りほどいた。

「鈴木と、田中……か」
芝塚課長はあっけにとられたように、二人の顔を交互に見る。

「お前たち、そうだったのか。全然気づかなかった」
「あの、ちが……」
咲は動揺しすぎて、しどろもどろになってしまった。

そこで、ぎゅっと手を握り締められた。
「あっ」

先ほど振りほどいた手を、再びきつく握られている。

「付き合ってます」
響がまるで宣言するように言い放った。

「そうか」
芝塚課長が気圧されたように頷いた。

「意外とお似合いだな。あ、これは妻の美鈴」
芝塚課長の隣にいた、ショートボブの可愛らしい女性が頭をさげる。
「いつも主人がお世話になっております」

「あれ、もしかして」
咲は気がついた。美鈴のお腹がふっくらしている。

「ああ、そう。今六ヶ月」
芝塚課長が照れ臭そうに言った。

「おめでとうございます」
響が言う。

「ありがとう」
芝塚課長はそう言うと、美鈴と見つめあって笑いあう。

その光景がとても幸せそうで、咲も自然と笑みがこぼれた。

「じゃあ、よい週末を」
芝塚課長が手を上げる。

「あ、あの」
咲は思わず声をかけた「誰にもこのことは……」

芝塚課長がにっこり微笑む。「心配するな。言わないよ」

そして二人は歩いて行った。
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